日記風の格言
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05年6月14日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。
遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。
格言-人間は賞賛を望みながら生きている動物である。
---ウイリアム・ジェームズ(アメリカの哲学者)---
誰でもそうだが、怒られるよりは褒められる方がいいに決まっている。とこ
ろが人というのは不思議で、人を褒めるよりも先に批判する方に頭が働いて
しまうのである。で、先に批判する心の動きがあってから、ちょっと反省し
て、ここは褒めようかななんて、勝手なものなのである。
子供は7つ褒めて、3つしかる。その辺が子供に接するこつである。などと
よくいわれる。それはその通りなのだが、日頃褒めるのになれていないとい
うか習慣化されていないので、いざその場になると、褒める単語そのものが
どっかへ吹っ飛んでしまうのである。それで、心があっても顔つきは鬼瓦な
んてことがよくあるのだ。
戦国時代、織田信長という人は「お前は天才だ!」というような、否定をさ
れない育てられ方をしたのだという。もちろんそれだけで偉大な信長という
人物が出現したわけではないが、そういう要素も人格形成の重要な要素にな
っているはずなのだ。教育にこれがいい。ということはないが、少なくとも、
能力を引き伸ばすには、相手を認めてあげることが順序なはずである。
世知辛いこの世の中、「生き馬の目を抜く」という世情の中でも、生き延び
るには、相手を批判して自分を如何に優位に立たせるかという手法を用いな
ければならないのだが、そういうことをしなければ自分を保てないというの
も悲しいではないか?そんな大人の社会を子供にまで持ち込んでは、次の世
代が理想を持った社会を造れなくなる。マルティン・ルーサー・キング牧師
の言葉を思い出す。
1963年8月28日にワシントンDCのリンカーン記念公園で行われた
「ワシントン大行進」でのスピーチである。
「私には夢がある。ジョージアの赤色の丘の上で、かつての奴隷の子孫とか
つての奴隷を所有した者の子孫が同胞として同じテーブルにつく日が来ると
いう夢が。」
占い一言居士:
占いというと、なんだ迷信!そういうように感じる人がかなりいる。男性は
特にそうだ。知的な能力に富んでいる人であればあるほど、そういう傾向が
強い。ところが、世の中、まだ見ぬ先を信じていく以外に生きる道はないの
だ。できる限り確かな道を探してである。占いはそういう参考資料なのだ。
それをも否定すれば、その人自身が迷信の信奉者である。
05年6月13日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。
遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。
格言-一つの出会いを機転に新しい未来が始まります。
---中村文昭(企業経営者)---
出会い系サイトの話ではなく、よくいわれる「人との出会いを大切にしよう」
ということである。これは、考え方としては「一期一会」というようなもの
と通ずるのであるが、問題は出会いそのものをどの位発展させられるかとい
うことなのである。そういうことができないと、人生というのは面白くない
のだ。
家庭の主婦や女性はその点うらやましいと感じるときがある。何故ならば、
すぐに出会いを発展し友達になり、気楽に行き来するからである。どうして
か?と考えてみるが、たぶん直接の利害がないからなのだろう!いや利害は
あるのだが、それがすぐに営利として自分の見に降りかからない気楽さから、
そういう交流が可能なのだろう。それに井戸端会議なるものが昔からあるよ
うに、情報交換とストレス解消の大きな力になっているのだ。
人と出会うときにどんな精神で、どんな気持ちで出会ったらいいのだろうか?
その辺の心構えが、次のつきあい方に影響してくる。「その時だけ」「うま
くいけばいいな!」「ただ何となく」「1年間でやめよう」「5年は付き合
ってみよう」「将来ずーとつきあえる人か、どうか?」そんな気持ちが大き
な影響を与える。皆さんはどうだろうか?一度考えてみるのもいいだろう。
男性と女性の職種にだんだん差がなくなってくる現代社会では、つきあい方
ももっと大きな可能性が広がる。一つの出会いが、大きなチャンスを生み出
したりと可能性を広げてくれるのも確かだ。その反面、時間とスピードが要
求される人との出会いは、一瞬にして相手を判断しなければならないのが難
しい。そういう判断は熟練しないとできないだろうから、簡単な方法は、も
う一度会うチャンスをつくっておくことである。そうすれば、次につながる
かどうかがわかるものだ。
占い一言居士:
愛することは、キャッチボールと同じで、自分の考えの一部分を相手に投げ
てみることだ。そうすれば、うまく受けてくれる相手かどうかがわかる。そ
ういうことがわかれば、本格的な相性占いも意味がある。
05年6月12日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。
遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。
格言-大人だからこそ恥ずかしいのだ。
---池永陽(作家)---
大人の定義というのは、なかなか難しいものだ。強いているならば、大人と
いうのは、自分で自分のことをちゃんと判断できる人のことなのだろう!だ
からこそ、恥ずかしいとか様々な感情が心に宿るようになる。そういう複雑
な世界が入り交じっているからこそ大人なのかも知れない。
こういう感情の世界はいつ生まれたのだろうか?聖書には面白い記述がある。
あらましはこうだ。「アダムとイヴが蛇に欺されて”エデンの園の中央にあ
る木の実は取って食べてはならない。それを取って食べるときっと死ぬであ
ろう”と神様から戒められた木の実をとって食べたところからすべては始ま
った。それをイヴが取って食べて、共にいた夫アダムにも与えたので、彼も
食べた。すると自分たちの裸であることがわかり恥ずかしくなって無花果の
葉で腰をまいた」というものである。この時に人類は”恥ずかしい”という
感情を持つに至ったのだというわけである。
欧米に行くと、やたらに肌を露出する。自分の肌を露出することは恥ずかし
くないんだということをわざわざ主張しているようなものである。もちろん
理由はある。北欧では日照時間が少ないから、できる限り太陽の恵みを身体
いっぱいに受ける必要があるからだ。目が青いのもそうだ。すぐに暗くなる
から少ない光の中でもよく見えるようになっている。反対に日本人は強い光
の中で生活しているから、”鳥目”といって暗くなるとすぐに見えなくなる。
人類始祖の最初の罪によって、”恥ずかしい感情”が生まれたのだから、そ
ういう感情を持たないことがいいことのように想って、表現しているのだろ
うか?欧米の度を過ぎたエロチシズムには辟易とする。そういう風潮が日本
に入ってくると、日本の情緒を破壊してしまう。日本人はその反対に恥ずか
しさというものを文化として発展させた。だから、恥ずかしいという刺激を
かえって楽しんでいるのだ。その方が、大人だと思うがどうだろうか?
占い一言居士:
恋人を選ぶ基準は何だろうか?その辺をちゃんと考えて付き合う相手を決め
ているのだろうか?自分の寂しさを紛らわすだけならば、それはマスターベ
ーションと何ら変わりはない。ちゃんとしたつきあいは、相手の心の中に必
要とされる愛情なのだ。そういう相性を見なければならない。
05年6月11日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。
遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。
格言-遠くて近きもの、極楽、船の道、人の中。
---清少納言(随筆家)---
遠くて近きものではなくて、近くて遠きものはある。それは隣の国の韓国と
共産党中国である。遠くて遠いものは、やはり共産党北朝鮮だ。
北朝鮮というのは、共産党といっても首領は世襲制になっちゃたし、まるで
中世の貴族社会と同じだ。労働党という名前の貴族なのだろう。
天国とか極楽なども、意外と身近になっちゃ多様な気がします。何故かとい
うと、老人天国という社会が出現しているからだ。50代なんてまだまだな
んて思っていたら、いつの間にかもう50になって、気が付いたら60代に
達していたなんてことになるのだろう!子供の成人した姿なんていうのもま
だ先の話と思っていたら、いつの間にやら大人の話に割り込んでくるような
年になっていた。そういうことはいろいろとある。
いつの時代にも、人の心には遠近感というものがある。それは人それぞれ違
うものだ。ところが心の世界は、時間という概念がない。というよりは人の
心の時間というのはこの世の時間ではないのだ。一瞬にして過去にタイムス
リップするし、一瞬にして未来に想いは届くし、そういう心の面白さは、自
分の心に旅をした人でないとわからないのかも知れない。そういう経験は若
いときに皆持っている。ところが現実社会でてみると、そういう心の世界を
閉じこめるしか生きる道がないから、人はだんだん同じ顔になっていく。味
気ないものだ。
隣人関係や、隣国関係も単なる利害で結びつくという現実の関係ではなくて、
もっと、共通の夢を持って付き合う方が、遠いものが近くになるではないか!
自己の現実の利害だけで付き合うというのは、結局は帝国主義的な植民地争
奪と何ら変わらないのだ。アメリカ的なグローバルな社会になればなるほど、
じつは心のつながりはこういう関係になる。そういう意味からすると、徳川
260年の世界は、日本人の英知で作り上げてきた世界だ。封建的と否定す
る前に、もう少し学ぶところがあってもいいように思う。
占い一言居士:
愛する人に幸せになって欲しい。その為になにをしてあげたらいいのだろう。
誰でも考えることだ。どんなプレゼントがいいのだろうか?などと考えるこ
とも楽しいものだ。しかし、一番はその人の可能性をプレゼントすることだ
ろう。素晴らしい言葉や、価値観の提供は無限の価値がある。赤ちゃんの命
名は、それだけの価値があるのだ。
05年6月10日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。
遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。
格言-自由になるって、なにから?
---梟森南溟(匿名作家)---
自由とは何か?を考えなければならないほど、自由を享受しているのが現代
の日本の姿なのだろう!世界にはまだまだ自由とはほど遠い状況が出現して
いるのに、日本ではニートやパラサイトしている人が山ほどいる。それに高
齢化で老人達のエネルギーをどう使っていいかわからないでいる。何よりも、
介護を頑張っても、寝たきり対策は全くないように思う。その辺がちゃんと
しないと日本のためにならない。
福沢諭吉が聞いたら何と思うだろう!まったく今の社会の自由というあり方
は、何かがおかしいといった方がいいのだ。
自由という概念は、人それぞれの考え方やとらえ方が違うだろう!世代間に
よってもとらえ方が違う。そういう中で、本当に自由というものを考え直す
ときが来ている。といっても、誰かが決めるわけではない。皆の生活がそれ
を決定するのだ。
こんなに自由があるのに、なにが不満なのだろう!それは心が束縛されてい
るからなのだ。身体や制度からくる自由ではない。心が拘束されて、自由を
失ってしまっているのだ。または自分で心を解放する方法を知らないでいる
といった方がいいだろう。見えない力に心が閉じこめられているのだ。それ
が何かを自分でも見抜けないでいる。だから苦しいのだ。この問題は深刻だ。
下手をすれば社会や文化が壊れるかも知れない。
何のための自由化を考え見よう!それは、人を愛することだといえはしない
か?愛することに差別があり、信ずることに自由がない。そういうところか
ら人間は新天地を求めて開拓の歴史を作ってきたのではないか?
人にとってもっとも大切なことは、誰しも”愛情”と答えるだろう。
その大切な”愛情”が愛らしくなるためには、どうしても自由がなければな
らない。自由が保障されていなければならない。そうでなければ希望がない
ではないか?現代人が失ったものは、”本当の愛”なのだ。
占い一言居士:
相性占いに凝る人がいる。そういう人はやたらと相手との相性はどうなのか
ばかり気にする。陥りやすい欠点は、自分のことを棚に上げてしまっている
ということだ。自分をしっかりと見つめてこそ、相性を占うことに価値が出
る。
05年6月9日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。
遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。
格言-君子は憂えず懼れず。
---論語(孔子の問答集)---
いつの世でもそうだが、リーダーというのはなかなか大変だ。何故かという
と一団をまとめるには、それなりの人間的な魅力とか内容が要求されるから
だ。その中でも、もっとも大切なものは”部下からの信頼”だろう!
それ以外にも、優しさや、愛情、などなどきりがないくらいにある。
戦場での上官への部下の信頼は、人柄ではなく自分を生きて返してくれる実
力を持った上官だという。どういう指導者が信頼を得るかということだが、
それは命令の伝達の仕方にある。短く単刀直入にわかりやすいということだ。
付帯条項をつけてはいけない。後は現場判断に任す。そういうことなのだ。
そして、責任は自分(上官)が持つ。
頭のいい人は指導者には向かないことがある。それは自分が切れ者だから、
いろいろと余分なことまで考える。そのことの気の迷いや心の乱れが作戦支
持命令の文意にも出てくる。そのことを敏感に読み取るのも部下の特徴なの
だ。何故かといえば、命令の実行者は自分たちなのだから。
命令ではないが、日露戦争の”作戦参謀”秋山真之の「天気晴朗なれど波た
かし」などは有名である。この一文ですべての要素を網羅している。
指導者にはいろいろなタイプがあるが、たぶん日本人的にはふたつに分かれ
ると思う。優秀な実務型の部下が多くいるときは、専門的なことは全部部下
に任すという”丸投げ型”。もし、部下が頼りなく任すことのできないほど
実務能力が足りなければ”陣頭指揮型”ということになるが、伝統的には”
丸投げ型”で責任をとってくれる上司が理想ではないか?
指導者の要諦は何かと問われれば、「何を考えているかわからない」そうい
うところがあるということが必要だ。
占い一言居士:
改名という考え方は、画期的なことなのだ。何故かといえば、これまで自分
という人間をどう造ればいいかということが人間にとっては、最大の課題だ
ったからだ。人造りには”風土論”などもあるが、こうすればいいというこ
とをちゃんと答えを出すところは”改名”の素晴らしいところだ。
05年6月8日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。
遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。
格言-落ち込むきっかけなんて些細なものだ。
---絲山秋子(作家)---
奥深い山里に積もった雪が、熊笹の上にかぶせるように降り積もっている。
陽が当たる頃になると、その雪が少しずつ溶けて雪の重みを跳ね返すように
熊笹が暴れる。そんな音がザザッと山に木霊する。
耳を澄ませば、何の変哲もない自然そのままの音色だ。それでもそれを聞い
たり見たりする人間にとっては大きな変化だ。
小さな出来事がまるでさざ波のように波紋を広げて、大きな波へと変わる。
人にはそういうトリガーがあるのだ。琴線と言っていいのだろうか!そこに
触れるとすべてが回り出す輪廻のようなものを心に持っているものだ。
それが何なのかは、人それぞれによって異なる。それを推測することは至難
の業だ。だからこそ、人のつきあいは難しい。誰も予想をすることができな
いからだ。しかしそんなものに付き合えばこちらが参ってしまう。
お寺に行くと、六地蔵尊がいる。地蔵の本地は”閻魔大王”なのだ。閻魔大
王があまりに地獄に行く者どもが多いので、これでは地獄がいっぱいになっ
てはみ出してしまう。経営上よくないので、少しばかり天国へ行ってもらえ
ないだろうかと思って、地蔵の姿に身をやつし、衆生を教化していく姿なの
である。「地獄、餓鬼、修羅、畜生、人間界、天界」人の心の六つの状況に
よって、地蔵尊も姿を変える。
六地蔵はわが心の住み処を見据えるように、黙って僕を見つめる。まるで、
俺は閻魔だぞっているかのようだ。
人の心の変化に一喜一憂していれば、それに振り回されて終わってしまうよ
うで怖い。それが本音なのかも知れない。だから人は変わらないものを求め
て、”絶対安心”の様な境地を求めるのかも知れないのだ。そんな世界は何
万人に一人体得できるかどうかなのにだ。それよりも六地蔵の心の境地を輪
廻する己が心を素直に、地蔵尊に投影した方がいいのかも知れない。そうす
れば、背後にいる閻魔も”声聞、縁覚、菩薩、仏界”といった極楽への道に
導いてくれることがあるかも?
だからこそ、天国は地獄経由なのだろう!
占い一言居士:
占いが心の安定に大きな役割を果たしていることは、実際に占いを行ってい
る身からすると、うなずけることが多い。人というのは、いつも相対的な善
の世界で生きているから、絶対的な善がないと自信がなくなるのだ。だから
こそ人に必要なことは、方向性なのだ。それが見えないと安心しない。
05年6月7日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。
遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。
格言-妻といふものこそ、男の持つまじきものなれ。
---吉田兼好(随筆家・歌人)---
結婚生活がうまくいかなくなると、何と妻は”めんどい”と感じる人が多く
なる。たぶん同じことを妻の方も感じているに違いない。だからこそ、子供
が独り立ちするようになると、妻は夫からも解放されたいと考えるようにな
るのではないか?
今更、老後になってこのわけのわからない夫の面倒を見続けなければならな
いなんて”苦痛”意外何ものでもないと、真剣に考えているのだろう。
夫の方も、若いときはさんざん自分勝手なことをして、年を経るにしたがっ
て、妻への依存度が大きくなる自分をどうにもならなくなっているのかも知
れない。そういう見えないしがらみのような感情の世界が、年老いた夫婦の
世界が横たわっている。傍目には見えない心のひだである。
兼好の時代は、男性優位の世界であるから、こういうわがままが言えたよき
時代なのかも知れない。今の時代に兼好のようなことをいおうものなら、妻
の方から三行半を突きつけられかねない。それほど、男の権威は地に落ちて
いるのだ。というよりは、女性の地位が復権しているといった方がいいのか
も知れない。それだけ、今までのようには甘えの許されない男女が精神的に
も対等の世界を構築しつつある時代なのだろう。
女性にいわせると「夫といふものこそ、女の持つまじきものなれ」というこ
とになるだろう。だから子供は欲しいが、夫はいらない。そういう女性がい
っぱいいるのだ。賢い女性ほどそういう傾向があるのではないかと僕は勝手
に思っている。男も女も半々くらいいるのだから、独立心のあるいい男とい
うのはすぐに早めに”お手つき”になってしまっている。残った男を見回す
と、「子供は欲しいが、結婚は・・・」というように女性が考えてもおかし
くない現象が起きているような気がする。
現代社会は「男の巣立ちこそ」必要なような気がする。
占い一言居士:
歴史を見ていると、人は必ず重要な判断を求められると、一人で決めかねて
いる。それほど決断というのは重いものかも知れないが、誰かに自分を支持
してもらいたいという想いは強いのが当然だ。神仏に占ってもらうのも心の
作用としては当然すぎることなのかも知れない。そういうときにこそ、根拠
のある占いを求めるべきだ。でないと、後が怖い。
05年6月6日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。
遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。
格言-自分が適当と感じられる距離は人によって決まっているのです。
---なかにしあつこ(フォトセラピスト)---
動物にはマーキングというのがある。自分のテリトリーを相手に示してわか
らせるのに、自分のおしっこを振りかけて回るのである。
人間が自分のテリトリーを示すのにまさかおしっこを引っかけ引っかけする
ことはできないから、何か別の方法で自分のテリトリーを示す必要がある。
やくざじゃあるまいし、今更縄張りを持つなんていうのは?と思う向きもあ
ると思うが、実際人はそれぞれの占有空間というものを持っているのだ。実
はこの占有空間にはいることのできる者は、極限られた自分が認めた者に限
るのである。何の関係もない者がこの占有空間に土足で入って来ようものな
ら、すごい拒絶反応を示す。自分よりも強い奴や偉い奴の場合は、臨時の処
置として認めているに過ぎない。これも機会があれば追い出し作戦になる。
夫婦や兄弟というのは、他人と何が違うかというと、この自分の持つ占有範
囲というものをお互いにそれぞれがある部分共有し合っているということな
のである。その共有範囲が大きいほどより親密な関係ということができる。
そこには、人生観や価値観や生き方などが共通の要素としてみられるために、
実は家庭という文化を共有しているということがいえるのだ。昔はそれらが
経済共同体になっていて互いに命を育んでいたのだが、最近は、そういう経
済共同体が崩壊してきている。だから、よけいに文化という共通の内容が重
要になってきているのだ。
家庭が壊れたり、子供の非行化という問題は、実はこういう人間の距離感と
か、テリトリーがめちゃくちゃであったりとかする場合が多いのだ。政治の
世界でも内政がうまくいかないときは、外交に敵を作れ!というのが常識だ。
だから、共通の敵がいるときはうまくいく。しかし、共通の敵が消滅してし
まえば再び内輪もめになる。家庭も同じことがいえる。だから難しいのは内
輪のことなのだ。距離というのは少しずつ縮めていくものだ。そこには、礼
やら家庭内のルールやらいろいろと取り決めがなされていかねばならない。
しかし何よりも大切なのは、家族が共通に”大切だ”と思うものはないかと
いうことを確認しておくことなのだ。
だから、家庭でもちゃんと反省会をしよう!
占い一言居士:
世の中には、自分の運命は既に予定されていてどうにもならないんだ。だか
ら、もしできることならばあらかじめ自分の運命を知っていて、心の準備を
したいという人がいる。ところが、運命というのはそんなに単純なものでも
なくて、既に決まっているものなのかというと、そうともいえないのである。
”降りかかる火の粉”というのがあるが、それをどう処理するかは人間の自
由なのだ。そこに、運命の難しさがある。この人間の自由によって、それか
ら以後の方向性が大きく変わってくるから、やはり運命は決まっていないと
考えた方がいいのだろう。それよりも”運を運ぶ人”になった方がいいのだ。
05年6月5日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。
遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。
格言-進む方の勇ばかりではなく、退いて守る力の沈勇もまたこれを養うよう
心がけなくてはならない。
---新渡戸稲造(有名な武士道の著者)---
オフェンスかディフェンスか?攻めるが先か守るが先か?といった論議は
「鶏が先か卵が先か」といった論議と同じで、どこまで行っても結論は出な
い。「攻撃は最大の防御である」そういう言葉もある。どちらも必要である
が、どちらも優劣はつけがたい。そういうことは結構あるものだ。
日本人はどちらかというと”桜”に代表されるように、散り際を潔く。とい
う考え方が濃厚だ。これは日本人特有の考え方のようで、外国へ行くとそう
でもなく、生きて”恥辱をはらす”というようなことが多い。「死んで花実
が咲くものか」というわけなのだろう!それでも日本人には、末代まで名を
残す。という考え方が根強くある。(今の若者には通用しないのかも知れな
いね!)
猪武者っていう言葉がある。がむしゃらに進むには優れているが、脇が甘い
のである。時には敵陣を突破するには、こういうがむしゃらな強さが必要な
のだ。ところが、複雑な状況になればなるほど、猪武者は墓穴を掘ることに
もなりかねない。そう考えると、要は戦略の問題だということに気が付く。
猪武者も守将も、その時々の使い方に問題があるというわけだ。人生という
長い戦いの中で、若いときは猪武者のようなときが必要なのだ。「30にし
て立つ。40にして惑わず」というわけだ。いずれ天命を知るときが来る。
攻撃か守りかは戦略による使い方の問題だ。どちらを中心にすべきかという
その時の状況による作戦上の主体性なのだ。司馬遼太郎の「坂の上の雲」に
は、世界ではじめてロシアのコサック騎兵を破った秋山好古の物語が載って
いるが、秋山好古が敵の銃弾飛び交う中で酒を飲んで”陣頭指揮”といって
も、最前線で応戦しながら退かない戦いをしている光景があった。戦うも守
るも、結局は指揮官の神経の太さが勝負の決め手になる。
指導者に必要なことは、この辺の心持ちなのだ。
占い一言居士:
占いで一番気になるところは”運勢”なのだろう!ところがこれほどいい加
減なものはない。自分でいうのだから間違いない。何故かといえば、”運勢
”なるものの実体はその人自身だからである。そこには自分の扱い方と、自
由な判断があるからだ。だから、「人事を尽くして天命を待つ」というよう
になれば、”運命”が決まるのである。そこからが勝負だ。
05年6月4日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。
遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。
格言-すべての人間は、自分以外のすべての人間が死ぬと考えている。
---エドワード・ヤング(イギリスの詩人)---
人間ていうのはいつも都合よくできているもので、自分に都合の悪いことは
棚に上げて考えることができるのである。人の不幸も自分には関係ないのだ。
だから同情することもできるし、心配もしてあげられるのだ。どこかで自分
とは一線を画しているからこそ、心に余裕が生まれるのかも知れない。
テレビドラマで、誰かが医者から”死”の宣告を受けたとき、役者の演技を
見ながら、「そういうふうになるものなのだろう!」などと、薄ぼんやりと
考えたりしている。役者の迫真の演技も、結局はその時だけの感情移入なの
だろうと頭の片隅で思っている。人間っていうのはそういういい加減なとこ
ろがあるものなのだ。
戦争なんかで死に直面している人間は、その悲惨な状況をこれでもかこれで
もかと描写するのであるが、もしこれが本当の戦争ならば、死の間近な人間
というのは意外と冷静なものなのだろう!それよりも、「死ぬかも知れない」
などと考える人間の方がよほど”恐怖感”を抱くものなのだ。
どこかで自分を客観的に見られる冷静さが、いざというときには人間にはあ
るのかも知れない。やっぱり人間は不思議だと思う。
こういう人間の冷たいとも思える客観性は、日本人の淡泊さだけなのかと思
うと、そうでもないと思う。人の痛みを感じない心の空洞は、どうも人間の
心の欠陥のような気がする。その証拠に、親子で深い愛情につながれている
場合は、痛みを自分のように感じるものなのだ。そういう心の共通の土壌が
人類共通に必要なのだ。もし、そういう世界があるならば宗教はいらないし、
戦争やテロなどが起こりうるはずがない。
同情では世界は救えない。人間に必要なのは、心の痛みを共有する愛情なの
だ。これができれば世界は本当の”地球家族”になる。
占い一言居士:
命名では、子供の仕合わせだけを考えている人が多いが、そうではないと思
う。親子のつながりや、しあわせを共有するという概念がなければ、たとい
よい運命式を持っていても、子供は育たない。
05年6月3日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。
遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。
格言-酒はいいものだ。実においしくって。毒の中では一番いいものだ。
---葛西善蔵(作家)---
”正月は正月で酒が飲めるぞ!酒が飲める。飲める。飲めるぞー!”という
歌がある。酒というのは、どういうわけか人の心を引きつけてやまない。ど
うしてなのだろうか?日本酒は麹カビを利用する醸造法で中国の酒造りの影
響を受けている。もっとも、中国とは使うカビの種類などが違うのであるが、
それにしても、日本酒はうまい。
こんなことを書くと僕は酒飲みのように思われるでしょうが、実は食前酒程
度というところなのです。だからこそおいしい酒を飲みたいのである。日本
の吟醸酒などは、もう芸術品ですね!そのフルーティーな香りといったらね
・・・!僕の住んでいる石川県や隣の新潟県は地酒の宝庫である。だからこ
んな贅沢を言うのである。しかし、その酒も「百薬の長!」といわれたり、
「毒」と酷評されたりと、かわいそうな評価を受けている。
人間というのは不思議なもので、適度なストレスがないといけないそうだ。
そのストレスが人間を活性化して、エネルギーの元になる。ストレスという
イメージが悪ければ、”刺激”ということがいい。喜怒哀楽すべてが”刺激
”なのである。善かれ悪しかれ、この刺激がないと生きていけないのが人の
”業”なのだ。善業にするのか悪業にするのかは実は人間次第というわけだ。
そこに人生の分かれ道がある。酒に飲まれる人は、実は自ら悪業の種をまい
ているのだ。
生活を楽しくする刺激をどうやってつくるのかが、人生を面白くするかどう
かの分かれ道。そういう刺激をつくることをちゃんとやれる人が指導者だ。
だから、楽しくない指導者というのは長続きしない。信長なんかは、相撲を
取り入れたり、お茶を取り入れたりと、人の楽しみをよく知っていたよね!
そういうものが文化ということになった。企業文化だって同じだ。社員も楽
しくなって、消費者も楽しくなる。便利だけを考えていちゃいけないのだ。
ついでに一言。
「権力はいいものだ。実においしくって。毒の中では一番いいものだ」
毒をくっている政治家が多すぎる。
占い一言居士:
相性などというのは、錯覚か?そうではないはずだ。相性というのは現実に
ある。ただし、いつも同じ相性というのではない。相手の状況によってぴっ
たしあうかどうかは違うものなのだ。だから、つきあい方のレベルや距離も
異なる。それが当然なのだ。そんなこともわからなくて、無料占いなどで相
性が良い悪いなどと一喜一憂するのは?なのだ。
05年6月2日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。
遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。
格言-社員への感謝を口にする経営者は多いが、それを行動で示す人は少ない。
---舞田竜宣(経営コンサルタント)---
不言実行という言葉があるが、世界の潮流は「不言」では通用しないのであ
る。自己主張してこそ、自分の存在と価値が認められるのであるから、黙っ
ていては何も認められないのである。それがグローバル化という多民族に対
する対応なのだ。そういうことに日本は慣れていない。いつでも寡黙で、誰
かがわかっているはずだという、変な信念を持っているような気がする。
反対に「有言不実行」ということもある。こういうのは現代の政治家に多い。
公約には掲げるが、実際はいろいろな理由をつけてできなかったという「後
事情」が多すぎるのである。世の中立派なことをいう人が多すぎる。だから
言葉は悪くても、「タケシ」のような本音でいう人が喝采を浴びるのだ。公
式見解やリップサービスが多すぎる。これも本音と建て前という二重構造の
社会の弊害なのかも知れない。
不平と不満は社会の様々な問題の中から派生する。みんながいい、という社
会などはないから、不平不満は当然出てきて当たり前なのだ。それを、いけ
ないこととするのは、儒教的な倫理社会を作ってきた伝統なのだろうか?こ
ういう社会では極端になれば”大義名分”さえあれば何をやってもいい、と
いうような社会が出現するのは明らかだ。そんな国がたくさんある。どちら
にしても一神教社会の弊害はどこかで必ず出る。
言葉には必ず証拠が必要なのだ。それを実行するということがなければいず
れ誰もその人の言葉を信じなくなるだろう!「有言実行」と「自己主張」に
は、それを実現する裏付けがなければならないのだ。そういうことなしに、
「夢や希望」を訴えても、それは単なるアピール型の指導者に過ぎない。夢
や希望という「主張」を実現する技術を持つ技術型の指導者であること。そ
して、それを可能ならしめるシステムをつくる政治力が問われるなのだ。だ
から、感謝を表現できる指導者はそうはいないのだ。
占い一言居士:
改名はその人にとっては一大事に相違ない。それでも、そんなに大事に考え
るのもおかしいのだ。何故かというと、自分の名前に対する責任は誰が持つ
ものでもなく自分が持つものだからだ。だからこそ、自分の道を見つけ出す
ための改名は積極的になっていいはずだ。
05年6月1日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。
遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。
格言-早く大人になれば、早く老人になるのである。
---五木寛之(作家)---
若い頃というのは、人はたぶん僕もそうだったように早く大人になりたいな
と思っていたものだ。何故そうなのかというと、大人になった方が何かとい
いことがたくさんあるように思えたのだからと思う。大人になれば、煙草も
吸えるし、酒も飲める。何か自由になることが増えるような気がしたのであ
る。
70を過ぎた老人が、「40代の人を捕まえて、青年よ!」と声をかけたの
を聞いた。年というのはそう考えると、年齢という数字で判断するものなの
かな?と考えてしまう。70を過ぎた人から見れば、30代の人間なんかは
”はな垂れ小僧”なのかも知れない。そうすると、年寄りとか若いというの
は、数字の年齢よりも人間の経験の深さや、豊かさなのだろう!そういうも
のこそ人の年齢を理解する尺度になるのだ。
老人を親切にしない若年層が増えた。刹那的に今の面白さだけを追求してい
る悲哀が見える。そう感じるのは、自分が年をとった証拠なのかな?
若者の特権というのは、自分が年をとったことを考えないことなのかも知れ
ない。だから、年寄りのことは考えない。それが若者らしいことなのだろう
か?ありとキリギリスの話は、いろいろな示唆に富んでいる。今だけしか考
えない若者は”キリギリス”のように見えてしまう。
ありは働き者なのかも知れないが、実は一生懸命働いているありは2割くら
いしかいないのである。後は遊んでいるらしい。
高齢化社会がもう出現しようとしている。商品に寿命があるように、社会に
も成長から停滞、終焉という流れがあるのではないかと思う。高齢化社会が、
ひとつの段階であるならば、いずれ終焉に向かっていることには間違いない。
それが新しい生命の誕生のための終焉なのか?それとも、墓場へ向かってよ
みがえることのない終焉なのかは、大変な違いがある。
人もそうだが大切なのは、ずーと成長し続けることのできる意識と常に新し
い目標を設定しながら、その為の技術の革新をすることなのだ。それは人も
社会も青年であり続けることを意味する。
占い一言居士:
命名は人の一生を決定するような要素を含んでいる。もちろん、命名するこ
とによって決定される運命式は、それ自体ですべてが決定されるわけではな
いが、大きな道をつけることには間違いない。そういう権利を親は持ってい
ることに気が付くべきである。
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