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格言日記30

日記風の格言

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06年7月30日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言-知行と情けとは、車の両輪、鳥の翅のごとくにて候。
---蒲生氏郷(戦国末期の大名)---

平和ぼけが続いている現代でも、ちょっと目をやればそこには戦国時代さ
ながらの競争があることがわかる。刀や槍、鉄砲といった武器が形を変え
て、選挙になったり、お金になったり、ビジネスになったりといつの時代
でもしのぎを削る戦いは行われているのだ。蒲生氏郷は近江からでて、信
長に見いだされ、秀吉の世へと巧みに生き抜き、今の会津の基礎をつくっ
た武将である。

蒲生氏郷は、その器量が優れていたために、返って秀吉に嫌われたのでは
ないかと僕は思っている。会津への転封は伊達政宗への押さえの対策もあ
るだろうが、将来の勢力になるかも知れない蒲生氏郷を早々と遠ざけたの
かも知れない。黒田官兵衛(孝高)も同じように光秀との確執で早々と隠
居してしまったのだが、軍師として機を見るに敏な官兵衛は秀吉が自分よ
りもすぐれたものに警戒心を抱いていることをよく知っていたため、先手
を打ったのだろうと思われる。

蒲生氏郷は会津の町を近代的な都市に造り上げた基礎をつくったのだ。そ
こには進取の考えを取り入れている。それは、信長のように楽市楽座のよ
うな政策もそうだが、町の自治を町の人にゆだねたのである。キリシタン
でもあった氏郷の進取の考えは、こういう西洋事情に詳しい所からもきて
いるのだろう!氏郷は、30歳の時に高山右近から誘いを受けて洗礼を受
けた。洗礼名はレオ。それに茶人としても、利休七哲の一人として数えら
れるほどの教養人である。

文武共に競争の時代、激しい競争の中で生き残るために磨かれた知識と教
養は、新しい時代に大きな力を与えた。命のぶつかり合いは、時には残酷
な状況を造り上げたが、その一方で選りすぐれた政策を練り上げる材料と
なった。キリシタンに入信した動機もいろいろあるだろう!しかし、いず
れにしても蒲生氏郷が自分の置かれた境遇の中から、新時代を目指して動
き始めていた野心を持っていたことだけは確かだ。彼が残したことばの
「知行と情け」は、言い換えれば「金と情け」、「報償と情け」というこ
とがいえよう。これは人を動かすときの基本中の基本といえよう!蒲生氏
郷、40年の駆け足の人生で残した辞世の句がある。「限りあれば吹かね
ど花は散るものを 心みじかき春の山風」

占い一言居士:
相性というのは様々な状態を造り上げる。一度として同じであるというこ
とはないのだ。それが当たり前だろう!なぜならば人は生きているからで
ある。心は常に変化し、その中で人との関わりがある。すべては諸行無常
という流転の中で人は生活しているからだ。しかし絶対に代わらない人の
基本というものはある。「天使の占い」の相性占い・運命式はその基本を
見つめつつ変化する相性を観ているのである。

06年7月27日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言-身体を訓練しないものは身体を使う仕事をなしえないごとく、精神を訓練しない
ものは精神の仕事を行うことができない。
---クセノフォーン(ギリシャの文筆家)---

訓練ということは、ただの訓練では終わらないのだ。訓練は反復練習を伴う。
そのことにより、大きな変化が起こるようになる。それは創造力が養われる
ということだ。え、ホント?と思われるでしょうが、本当です。反復して訓
練したことがベースとなって、新しいアイデアやインスピレーションが湧い
てくる。そういうものだ。

だから訓練をいやがってしない人には、発展や新しいものを生み出す力は生
まれてこない。デザイナーがただひたすらに書くことをくり返すことによっ
て、そこに技術が生まれ、同時に新しい視点が芽生えてくる。発見は小さな
出来事の積み重ねによるところが大きい。ある日突然に何かが生まれるので
はなく、既に生まれるための準備がなされているのだ。現象的にはそう見え
ないだけである。

最近感動した本がある。前にも書いたような気がするが、いまだに心に残っ
ているから同じようなテーマになってしまうのかも知れない。それぐらい感
じたのだ。それは「前頭前野」と言うことである。なんだというと、人間の
脳は、右脳とか左脳とかいうもので分けられるものではなく、要は前頭前野
を鍛えなければ創造性はないというものだ。そこでは、訓練は実は簡単な計
算をくり返して行うことや声を出して朗読することが大きな訓練になると言
うのだ。思い出した。これって、昔の寺子屋で行われた”素読”ではないか
ということだ。

便利さを追求した人間は科学技術を発展させてきたが、同時に人間に創造性
を提供してきた基本的な、単純な訓練を技術によって帰って失われてしまっ
たのかも知れない。ゲームは、何の訓練にもならないことが前頭前野の研究
によって明らかにされた。単なる視覚情報の処理作業だけで、創造能力の力
にはなっていないのだ。突き詰めればイメージ力というのは、イメージによ
って生み出されるものではなく、実はことばその物の持つ力によって生み出
されるのだ。だから、ことばの力を身につけることこそ、創造力の源泉にな
ると言うことなのだ。本を読むことは最も偉大なる訓練だ。だから、いつで
も本は僕の先駆者になのだ。

占い一言居士:
改名することは、すごく勇気がいるのだが、改名して終わりではない。改名
は自分の人生の出発点なのだ。だから自分の訓練はそこからはじまるのだ。
自分を訓練することこそ、新しい自己の創造につながる。それは、誰も気に
もしない小さな実績を積み重ねることだ。それが自分自身の細胞になってい
る。

06年7月26日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言-鑿と言えば槌
---ことわざ---

いったい小学校はどういう教育をしているのか?つい声を荒げることになっ
てしまう。少し前までのことである。一番下の三男は、何か用事があって問
いただしたり、「あれはどうだった?これはどうした?」などと関連したこ
とを聞くと、「そんなこと聞いていないもん!」と言って必ず口をへの字に
曲げて逃げるのだ。そうなるとこちらも黙ってはおられないというわけだ。

これを修正するのに相当エネルギーを割かねばならなかった。昔は「おーい、
鑿をもってきてくれ!」と言えば「はーい、槌も一緒にどうぞ!」こういう
のが普通だった。何のことかと言えば、「茶碗をもってきてくれ!」と言え
ば「箸も一緒にどうぞ!」と言うのが当たり前なのだ。そういうことが日常
的にごく当たり前に行われていたのだ。それが全く通用しない。こちらとし
ては「は、???」と言うわけだ。

学校教育と家庭教育というのは、車の両輪みたいなものだ。ハンドルさばき
をうまくすれば、これは運転が楽しくなるはずだが、近頃先生の質が落ちた
のか?それとも、家庭での親の質が落ちたのか?どうもうまくいってないの
かも知れない。子供が成長する途上で、小学校の先生というのは、大きな存
在なのだ。ところが、家では先生のいうことをよく聞いてと言うし、学校で
は親のいうことをちゃんと聞いてと言う指導をするし、子供にとっては迷惑
な話だ。どっちが正しいんだということになる。答えは決まっている。親だ。
責任は親が取るものだからだ。その当然のことが通用しない時代になってし
まった。

我が家の坊やも小学校3年と4年の時はひどかった。担任になった教諭の質
があまりにひどかったからだ。下劣なのだ。その実体が少しずつわかるよう
になってくると、親も考えねばならなくなる。先生のいうことをよく聞いて
とは絶対にいえなくなってしまった。子供が家に帰ってきてから、学校での
先生の言動を修正するのに相当時間を費やせねばならなかったのだ。今でも
そのときの記録ノートがある。その教諭が相変わらずおかしければ、そのノ
ートを公開してもいいとさえ想っている。でも子供もバカじゃない。そうい
う日常的な努力を積み重ねていると、子供の方が学習してくる。4年生の後
半には、クラスのほとんどの子供が、「あの先生おかしい!」といって誰も
表面上だけ合わせて信用しなくなってしまった。バカなのは当の教諭だけだ。
子供の心が離れてしまっているのに気がつきもしない。「鑿と言えば槌」と
言うように、お陰?で子供の方がいろいろと考えるようになって賢くなった。
時同じくして「女王の教室」が放映されていた。あれよりもっと最低の先生
だ。と子供はいっていた。

占い一言居士:
命名というのは、人間に与えられた特権なのだ。何故かというと、地球上で
一番最初に名前をつけたのは、聖書に出てくる人類史祖と言われるアダムだ
からだ。彼がつける名前が動物や植物のすべての名前になったのだ。命名と
いうのはそれだけ大切で権威あるなものなのだ。

06年7月25日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言-賢者は己の敵から多くのことを学ぶ。
---アリストファネス(古代ギリシャの喜劇作家)--

敵から多くのことを学ぶというのは、「言うは易く行うは難し」ということ
になる。どうも日本人は、敵に情けはかけられたくないという想いが強いよ
うだ。しかし、そんな意地を張っていればいつまでたっても相手を越えるこ
とはできない。頭と感情は別というが、時には感情を押し込めてでも理性に
従うということも必要なのだ。それだけ目的をしっかりと持っていればとい
うことになる。

徳川家康も今川家で人質生活をしながら、敵の軍師よりその軍略の多くを学
び取った。そういう研鑽があったればこそ、天下人まで上り詰めることがで
きたといえよう。武田信玄に三方原で屈辱的な敗北をしたときも、そこから
多くを学び、後に武田家が滅んだときもその遺臣達を多く引き取り、武田の
軍略を自軍の戦力としていったのだ。

世界ではソロモンの知恵が有名だが、その前にお手本となる知恵者がいた。
それはヤコブである。彼は、ラバンという叔父の元に訳あって身を寄せたの
だが、このラバンは狡猾でヤコブを働かせながら何度もだまします。そこで
ヤコブは、ラバンの元にありながら牧畜の経営を学びながら、様々な知恵を
使い、自分の取り分の財産をどんどん殖やしていく。ブチの羊が自分の取り
分になれば、生まれてくる羊がブチになるように工夫をする。敵の中にいな
がら、そのノウハウを自分のものにする知恵がヤコブにはあったのだ。

目的を持つことが必要だ。目的もない人では、学ぶという意志力は生まれな
い。生きることさえ大変な時代の中では、人々は様々な知恵や工夫をする。
そういうことが、発展の原動力になる。先ずは敵の懐に入ってみることだ。
そしてそこから何故敵が強いのかその秘密を見つければいい。そのノウハウ
を自分も身につければ、少なくとも互角に渡り合えるようにはなる。結局学
んで成功をするということは、それだけ自分がライバルを持つということな
のだ。そのライバルがいなければ自分が乗り越えて大きくなる目標がわから
なくなってしまう。しかし、最後の敵は自分自身だということを忘れてはな
らない。

占い一言居士:
改名というのは、自分自身を新しく生まれ変わらせることと同じような意味
を持つ。人というのは、いつも同じではない。恒に何かを創造しているのだ。
もし止まってしまっているならば、そこで終わってしまう。改名というのは
そういう人間の努力の最高の表現に違いない。

06年7月24日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言-愛多き者すなわち法たたず。
---韓非子(中国戦国時代の思想家)---

世の中を動かしている原理を”法”とするのか、それとも何か別のものな
のかということになるのであるが、これはちょうど人間の心と体のような
関係で、表面上は人間の見える体や行動で表されることが多いのだが、そ
の背後にあるのは”心”という目に見えないやっかいなものなのだ。

同じように、社会は”法”という概念に則ってすべては法に照らされて判
断が下されるのであるが、その背後には、人間の様々な生活様式が隠され
ている。人間の生活や行動の背後には、人の心の世界があるのであるが、
その心の本質は、「愛」という情動が大きな支配力を持っていることが多
いのだ。新聞の社旗面で起きる事件という事件の背後は、そういう人間の
どうにもならない情動の影響が多く見られる。すなわち、愛が法をいとも
簡単に越えてしまっているのである。それほど愛の力は強い。

”色即是空”人の五官の世界は、即心の世界だというのだ。”空即是色”
ともいう。心の世界は即五官の世界ということになる。正確ではないが簡
単に書けばそう理解した方がいいのかも知れない。その空の世界は時々刻
々変転する無常の世界で、無常の世界は縁起の法則によって成り立ってい
るから、様々な相互関連の世界で成り立っていると考えればよい。だから
色も空も無形の世界であるから、無形の世界が実体を形成していると考え
る。十二縁起は1無明2行3識4名色5六処6触7受8愛9取10有11生12
老死がそれぞれ関係を結ぶことで様々な問題の原因が起こるとされる。そ
の根本は”愛”であり、その愛が”渇愛”という状態になると、煩悩とい
うものの根本になると僕は考える。その渇愛は、無常の法則をこわしてし
まう激しさをもっている。

釈尊の説く真理としての法も、人間のルールとしての法も、”渇愛”とい
う煩悩の前にはまったくの無力なのである。どんなに法をつくっても、”
色即是空”という無形の中に存在する煩悩はいとも簡単に法を乗り越える。
だからこそ、人には”智慧”が必要とされる。釈尊の最後のことばも、”
自灯明法灯明”であった。聖書にもアダムとイブの物語には次のようにあ
る創2/17「しかし、善悪知る木からは取って食べてはならない。それを取
って食べると、きっと死ぬであろう」。死をも乗り越えるものは”愛”以外
にないと僕は考える。善い愛も悪い愛も、”愛”そのものが法の上にある
存在なのだ。何故なら”愛”は”生命”の根本だからである。

占い一言居士:
命名ということは、国によって様々な違いがある。例えば、ジョンの息子
だからジョンソンというように、いとも簡単に命名するる場合もある。ま
たは、歴史上の聖人にあやかって命名する場合もある。日本の場合はもっ
と複雑で、そこには様々な暗号やら、人の繋がりに隠された意味がある。
「名は体を表す」ことから、本当の名を隠して、諱が使われたりもした。
いずれにしても命名された名前はそれ自体が宇宙を表し、その法則の中に
置かれていることを忘れてはならない。

06年7月22日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
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格言-仕事は他の人と一緒にするものです。
---中谷彰宏(作家)---

人間は一人では生きてはいけない。そんなことは毎度のことで、耳にたこ
ができるくらいに聞いている。それでも人は自分で生きていると思ってい
る。そういうものかも知れないが、何か事件が起きると、結局は頼りにな
るのは周囲の人なのだ。その割には近所や友達となかなか仲良くしない
のが最近の人たちだ。

仲良くするというのは、お互いに”助け合う”という相互扶助の関係がで
きているかということなのだ。ちょっと昔の社会は村落共同社会であった
ので、悪い面もあったが、それなりに協力関係ができあがっていた。現代
社会の問題は、環境的にも人との協力を必要としない世界ができあがっ
ている。生活の中でそういう関係ができる工夫が必要なのだが、それは
なくてイベントを企画しながら、何とかつながりを付けようと努力している。

考えてみれば、人は皆孤独なのかも知れない。集団の中の孤独というの
がある。遊園地で皆が楽しく遊んでいるように見えても、その中で自分は
一人誰も関心を持ってくれてはないのだろうか?そういう不安に駆られる
ようになるとどうしようもなくなる。人との繋がりを実感できなくなる精神
状態というのは、確かに異常だ。日頃から人との繋がりを作り出すことが
できないでいると、人間というのは自分をも信じることができなくなって
しまうものなのだ。それは、自信というものが人から与えられているもの
であることを証明している。

世の中が不安定で、戦争などが頻繁に起こる状況の中では、人は血縁に頼
ろうとする。何故ならば確かなつながりの共通要素だからだ。しかし、世
の中は確実に変わろうとしている。戦後60年を経て、平和を享受してき
た日本人は、血縁とのつながりも冠婚葬祭くらいになり、かといって知人
友人地縁のつながりはどんどん希薄になっていく。そうなれば、悪が繁殖
する環境だけが整っていくのだ。人は神の目や人の目があってこそ、自分
の中の誘惑の抑止力になる。
孤独を作る環境は、決していい社会を作り出すことはできない。「汝の隣
人を愛せよ」という聖書のことばは今こそ必要なのかも知れない。

占い一言居士:
改名で必要なことは、新しい自分に生まれ変わりたいという動機が大切に
なります。それは、何も過去が嫌いであったり、嫌なことが多かったから
忘れたいという逃避の気持ちからでは何も生まれません。人にとって過去
は決して消すことはできないからです。それよりも、過去を昇華してあま
りある実績を人生の中でつくることです。改名というのはそういう出発の
ためにあるのです。

06年7月21日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言-天才だと自惚れたら自惚れただけ不断の勉強をしなければならない。
---横光利一(作家)----

たしか織田信長は、周囲から天才だ。といって養育されたらしい。だから
彼の一種独特の感性と強烈なプライドは、その幼年期の特殊性と相まって、
実に複雑な彼の人格を形成したに違いない。吉法師時代は”うつけ”と噂
されながらも、その緻密な頭脳は現実的即物的でありながら、他の武将を
圧倒していた。

その信長は、単なる自惚れではなかった。相当な分析力と現実的な努力を
惜しまなかった人でもあった。そして、最も情報を大事にした人でもあっ
た。だから、織田軍が元々弱い兵であることを熟知していた彼は、隣の美
濃に何度も兵を出しては挑発的な軍事行動をしている。これは、実践的な
軍事訓練をしているのであった。また鉄砲をいち早く導入したのも、そう
いう戦力をカバーする目的もあったに違いない。

人を育てるのに、二通りの育て方がある。ほめて育てるのか、しかって育
てるのかである。欧米ではどうもほめて育てるというのが主流らしいが、
日本では相変わらずしかって育てるというのが定着している。クレヨンし
んちゃんではないが、「ダメ、ダメ」というのがお母さんが一番よく使う
ことばらしい。こういうように、否定されて育った子供は自己肯定をする
ことがとても難しくなるのだ。同時に、否定をしなければ自己の位置を見
つけられなくなってしまうことが多い。

信長のような時代でも、自己肯定をされるような立場にいる者が、自分を
甘やかしてしまった場合、家臣に操縦されるか自己を滅ぼすもとにしかな
らない。信長のように周囲の自己肯定に反発しながら、自己を懐疑的に徹
底的に鍛えて、既存のものを否定し、自らが認めるものだけを認めるとい
うように、己の力だけを信じることができたものだけが生き延びることが
できた時代である。しかし、その悪魔のような信長も心のバランスは、唯
一心を許せる人、愛する人がいたことで成り立っていた。信長の本能寺で
の変死は、その愛する人との死別が大きな遠因としてつながっているのは
間違いない。

占い一言居士:
命名のときに、執拗に感じに執着する人がいる。そういう人は気をつけた
方がいい。何故ならば、子供をは自分の子供と思っているからである。当
たり前だと思われるでしょうが、そうではない。子供は決して自己の所有
物ではないのである。その命は既に子供自身のものなのだ。だから所有し
てはいけないのだ。ではどうすればいいのか?大きな親の愛で、愛してあ
げればいいのだ。命名にはそういう精神が必要なのだ。

06年7月20日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言-世の中にはとらおほかみは何ならず、人の口こそ猶まさりけり。
---詠み人しらず---

「人の噂も七十五日」とはよくいったものだが、それだけ人の噂というの
は無責任なものなのだ。そのことを知って、噂とはつき合わねばなるまい。
それでもその噂に翻弄されて傷つく人もいるであろう!そのくらい人のこ
とばによる暴力というのは後を引くのである。ことばの力というのは、人
間の腕力よりも破壊力がある。

夫婦げんかで、必ず勝つのは機関銃のように口から出任せを言う女性の方
なのだ。漫才師でもぼけとつっこみというのがあるらしいが、どっちかと
いうと女性がつっこみで、突っ込まれるぼけ役が男性というのが一般的だ。
それほど女性というのはことばにたけている。「大輔花子」の漫才も面白
いのだが、やっぱり花子がしっかりと機関銃のようにしゃべっている。

物を造り出す能力というのは、どういうものだろうか?世界の発明王のエ
ジソンは、やっぱり奇人だった。どうもエジソンはあの世にいってから、
この世に連絡を取る機械を発明するつもりでいたようだ。「99%の努力
と1%の霊感」とエジソンは語っているが、たぶんその1%の霊感が問題
ではなかったかと思う。何故ならば、僕らにはエジソンが持つような1%
の霊感はどうもありそうにもないし、エジソンもこの1%の霊感が発明の
源泉であったようだから、この1%はエジソンにとっては100%という
ことなのだろう!

そういえば、英語の”Hello”ということばはエジソンの発明なんだって!
ことばまで発明してしまうエジソンってやっぱりすごいんだけど、この
Helloのことばで、新しいアメリカ人が出現しちゃったのだ。それまで、
アメリカでは知らない人には声をかけないのが礼儀だったんだって!だか
ら気安く誰にでも声をかけるようなことはなかったんだ。Helloのことば
が”アメリカ人気質”を作ってしまったのだ。改めてことばはすごいと思
う。ヨハネ1/1には次のようにある。「はじめに言があった。言は神と共
にあった。言は神であった。この言はは じめに神と共にあった。すべて
のものは、これによってできた。できたもの のうち、一つとしてこれに
よらないものはなかった。この言には命があっ た。・・・」

占い一言居士:
改名するにはそれなりのわけがある。だから、改名ということは簡単では
ないというのは誰しも知っていることだろう。そこには名前の持つ力に人
は知らずと恐れを抱いているからに違いない。だから改名をすすめる「天
使の占い」はしっかりとした運命式的な根拠を示すのだ。しかし、どんな
に素晴らしい名前でも使わなければその効果は半減してしまう。

06年7月18日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言-人の記憶ほどあてにならないものはない。
---黒川博行(作家)---

噂に尾ひれはひれがついて、何だかとんでもない話になっているぞ!なん
てことはよくあるのだ。人間というものは時々おかしく思えてしょうがな
い。先ずは女性の井戸端会議だ。最近はファミレスやフィットネスクラブ
などでよく見かける。数人集まれば、何かと話題に事欠かない様子だ。

この女性の話というのは、楽しそうに話しているのだが、よくよく聞いて
いるとほとんど意味のない話ばかりなのだ。よくもまあこんな話を延々と
話し続けるものだと感心する。何故かというと、男同士ならばもうとっく
に話のネタが切れて、気まずい雰囲気になって間がとれなくて困るような
状況になっているはずだ。ところが、まったく脈絡無く堂々と次の話に弾
んでいくのだ。これはもう天才的な能力としかいいようがない。

男と女は地球でいえば北半球と南半球のような違いがあるとはよくいわれ
る。まったく正反対でありながら、1個の地球を構成しているように人間
を構成している。南半球を理解しないと地球がわからないように、女性を
理解しないと人間を理解したことにならない。ところがこれがまた困難な
のだ。「同じ人間だ。話せばわかる」とは、よくいわれるのだがそうでも
ないのだ。もう何十年も夫婦をやっているが未だに新発見がある。一生を
かけて探検しなければならないUFOが女性なのだ!

人間の記憶というものは面白いもので、年を取ればどんどん忘れていく。
というよりは引き出しの奥にしまい込んで取り出せなくなってしまったと
いうことに違いない。すると、かすかに残った記憶で新しい物語を作りだ
してしまうのだ。そしていつの間にかそれが事実のように自分の中で装わ
れてしまう。真実は脳の中の奥の院にしまわれたままなのだろう!そして、
新しい噂が広がっていく。そういうことばを信じて、何かが始まるように
なる。だから虚飾をはがして事実の確認をしなければならない。まことに
骨が折れるのだ。男は女性とつき合うときには、そういう作業をしなけれ
ばならないから骨が折れるのだ。でも、それをやめてしまっては女性とつ
き合っていくことは永遠にできない。
それを楽しみと思える男のみが女性を知ることができる。

占い一言居士:
命名には不思議なことがある。それは、親が希望している名前がことごと
く運勢が悪いという場合なのだ。その反対にとてもいい運勢をもった名前
を考えてくる人もいる。どちらがラッキーかというと、考えてくる名前が
運勢が悪いという人なのだ。そういう人は、「天使の占い」にであって運
勢が転換できるからなのだ。

06年7月17日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言-人間が賢いのはその経験に応じてではない。経験に対する能力に応じてである。
---バーナードショー(イギリスの劇作家)---

キャリアーに誤魔化されるな!経歴が問題ではない!などということばは
よく聞く。今日も作家の石田衣良さんがテレビでそんなことをいっていた。
就職活動で大手企業がすべてではないというようなことだ。それもそうだ
ろう!でも就職する当人にとっては自分の人生をかけなければならないわ
けだから、ブランドもある程度は大切なはずなのだ。

世間はその人がどういう人物かということを知るには、必ず経歴やキャリ
アーを問題視する。その人がどういう経験を積んできたのか、どんな業績
を残してきたのか、何をしてきたのかを先ずは問いかけるのだ。その上で
人物評価という問題になる。企業を渡り歩いて、経験と実績を積むという
のは欧米の思考である。日本では、そのように働く人が流動化する傾向が
あるとはいえ、それを歓迎するほど社会のキャパは造成されていないよう
な気がする。

北陸の民話にこんな話があった。村人がある大金持ちのお屋敷におよばれ
されることになった。どんな作法でよばれればいいものやら村人は困って
しまった。そこで村一番の知恵者の村長さんのところへ相談に行った。村
長さんはそれでは自分のやるとおりにまねをすればよいということになっ
た。で、村人たちが大金持ちの家へ集まって皆村長さんの見える位置に座
ることになった。さて料理が運ばれてくると、村長さんは先ず芋の煮っ転
がしを箸でつまんだ。ところがその芋が箸から落ちてコロコロと転がって
しまったではないか!村人たちも同じように煮っ転がしをころがし始めた
・・・。こうして、このおよばれの会は村長さんの性でひどいものになっ
たのでした。

「ベン・シラの知恵」には、次のようにある。「時をわきまえない小言は、
葬式のときに、にぎやかな音楽を流すようなもの、だが、鞭によるしつけ
は、どんなときでも知恵あるやり方。若いときには、腰を低くさせよ。子
供のうちに体罰を与えよ。さもないと強情になり、言うことを聞かなくな
る」
どんなにブランドに身を包んでも、即ちどんなにキャリアーを見せてみて
も、その人の育ちというものは、いずれ現れるようになる。優秀であると
いうのは、自分のキャリアーにふさわしい訓練がなされているかという
ことにかかっている。その基本は家庭での躾にあるのはいうまでもない。
近頃それがなっていないことが問題だ。キャバクラ嬢みたいなお母さん
が多すぎる。

占い一言居士:
相性というものは、どんなものにもあるが、実はどんな人や物にも相性を
良くする道はあるのだ。鍋料理で牛肉とシラタキが天敵なのは、知ってお
られるだろう!しかし、この天敵同士も距離を置いて(離して)やれば、
実にきれいな食欲をそそる鍋になるのだ。相性占いというのはそういう知
恵をしっかりと見定めるためにあるものだ。

06年7月15日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言-始まりと終わりがあり、そしてまた別の何かが始まる。
---青柳佑美子(脚本家)---

「会うは別れの始まり、別れは出会いの始まり」ということである。そう
考えると、人間というのはなかなか楽しいものだと思う。始まりをもった
ものは、いつかその終焉を迎えるはずである。その終焉には人生の悲喜劇
が展開されるのだが、それもまた過ぎ去ってみれば、「良き思いで」とい
うことになる。

濃い出会いをすれば、その分、別れも惜しまれようというものだ。ただ
「かわいさ余って憎さ百倍」ということがあるように、憎しみをもって別
れるというようなことは、人生にマイナスにこそなれ、心の栄養素になる
ことではない。夫婦を考えてみたときに、よく長いマラソンレースにたと
えられるが、山あり谷ありのレースを一人で走るのではなく、伴走者つき
のマラソンレースということだ。レースの主役と伴走者との意気が合って
いないと、辛いレースになってしまう。

キリスト教には終末思想がある。仏教にも末法思想がある。歴史や文化の
始まりには、ある大きな思想的な意味が隠されていて、それが限界に来た
ときに、その文化圏の終焉を表すような時代の現象が現れることになる。
それが終末感やら世の末、末法という考えになる。一つの文化圏がその使
命を果たしたことを意味するのであるが、同時にそれば文化圏の死を意味
することになる。しかし、死は甦り、再生という意味を同時に持つ。キリ
スト教は地上に天国を、仏教は極楽浄土、仏国土の出現を預言している。

考えてみれば、何事でも始まりというのは様々な失敗やら、足りないこと
だらけで見切り発車という側面もある。そういうものだろう。だから終わ
りもやってくるのは当たり前だ。しかし、それは見方を変えれば終わりで
はないのだ。美しく咲いた花の終わりが、種子を内包しているように、そ
れは「新しい始まり」なのだ。終わりという概念は人間が造り出した虚構
にすぎない。これから物事は常に「新しい始まり」と考えることにしよう!

占い一言居士:
人生にはどうにもならなくなるときというものは、確かにある。しかしそ
ういうときは「悪あがき」はやめよう!嵐は過ぎ去るのを待つしかないの
も真実だ。しかしそれだけでいいわけがない。新しい出発の時は誰にもや
ってくるはずだ。その時に新しい運命式を持つのがいい。改名というのは
そういうときに力を発揮する。

06年7月13日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言-食事はまとめてというわけにはいかない。
---瀬尾まいこ(作家)---

人というのは実に無精なもんで、失礼!人ではなく僕のことですが、まっ
たく面倒くさがり屋で、何でもこれは後から、もう少し先でもいいだろう!
ちょっと後で!ま、いいか!などと結果的にすべてが後回しになり、まと
めてやらねばならぬ羽目になり、苦労が何倍にも増えるのである。

「わかっちゃいるけどやめられない」植木等のスーダラ節なんだけど、こ
れがヒットした理由はわかるような気がするのです。わかってんですけど
ね!なかなかちゃんとできないのです。そういう人間の弱さをついた唄な
んですけど、それがまた人間味があっていいのかも知れません。などと、
いいわけをしながら、後回しになった日常の雑務を尻目に、今日も無事に
テレビを見て過ごしています。

脳機能イメージング研究というのがあるらしい。どんなときに脳が活性化
するのか?脳の活動を活発にするには何が必要なのかなどを研究している
のであるが、それによると、脳はトレーニングをすればその脳力をアップ
できるということがわかってきたようだ。どんなトレーニングかというと、
実は簡単なのだ。
毎朝10分間朗読するだけでいいらしい。人間の脳は良くできていて、年
を取ると細胞は死滅していくが、その代わり脳の神経繊維のネットワーク
をつくって素晴らしい力を発揮するらしい。

食事というのは、実に人間のバロメータなのだ。バランスを取るというこ
とがあるが、食事の時間というのは人間の生命サイクルの重要な一端をに
なっているということがいえる。だから、ここでバランスを回復するのだ。
食べればいい食事から、自分のライフサイクルのバランスを取る食事へと
変える必要がある。だから”ため食い”というのは返ってバランスを崩す
ことになりかねないのだ。面倒くさがり屋の僕でも、「わかっちゃいるけ
どやめられない」をうまく利用すれば、飯時をうまく利用して、朗読でも
すれば脳が生き返るかも知れない。試してみる価値はありそうだ!

占い一言居士:
昔の人は命名で、実にひどい名前を付けたもんだ。捨松なんてのはまだい
い方で、とても言えないような名前を付けたりもした。それは、悪魔も見
捨てるような名前を付けることで、無事に成長することができるように祈
ったのだ。命名するときにはそういう親の祈りの世界があったはずである。
それを忘れないことだ。

06年7月11日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言-共学女性は、クラスメートとして男性と知り合うが、別学女性は早
くから異性として男性と知り合う。
---姫野カオルコ(作家)---

性に関する意識調査 男女別集計 高校生 
●「性」という言葉に対するイメージ
すばらしいもの 男子17%  女子12.4%
大切なもの   男子13.5% 女子4.8%
知りたい    男子40.4% 女子35.5%

●性についての知識はどこから学んでいるか
学校で先生から 男子47.5% 女子67.4%
友達や先輩   男子61.5% 女子49.1%

●性行為はどんな人とするものと考えるか
夫婦の人    男子27.9% 女子31.5%
結婚する人   男子45.3% 女子45.5%
愛している人  男子39.5% 女子47.8%
恋人(つき合っている人)  男子35.9% 女子41.9%

上記のデータは、ある県の高校生のアンケートデータなのであるが、問題
なのは、●「性」という言葉に対するイメージで、大切なものという意識
が女子が4.8%であまりにその意識の低さに驚いてしまった。
●性についての知識はどこから学んでいるか?では、学校や先生という答
えが大きかったことを思うと、先生の指導の仕方が大きな問題だといわざ
るを得ない。次に、●性行為はどんな人とするものと考えるか?では、女
子の答えが愛している人、恋人というのが気になる。

この結果からみて、性を大切なものという意識が低く、性に対する知識は
学校の先生から得て、性行為に至る意識は、結婚していなくてもいい相手
でもかまわないという意識を女子の多くが持っているということなのだ。

このことは、ジェンダーフリーを中心とした学校の性教育がいかにゆがん
だものであるかを物語っている。学校でコンドームの使い方を教えたり、
性交の方法を教えたりなど、まるでポルノ教室かと間違われるような指導
がみられる。

性の大切さや愛情の大切さ、結婚の持つ意味などもっと人間として考えな
ければならないことが山ほどあるのに、どうしてコンドームを持ち出す意
味があるのか?エイズ対策を考えるならば、性行為によって感染するエイ
ズを防止するには簡単に性行為をしない教育をすべきだ。性の先進国アメ
リカではコンドームなどの教育は時代遅れとして”自己抑制教育”が既に
進んでいる。

アメリカ一般教書演説の一部を抜粋してみた。
「正しい選択を促すため、われわれは、若者たちが直面する危険に進んで
立ち向かわなければならない。彼らが話すことが難しい時でさえだ。毎年、
十代の若者約三百万人が、彼らを傷つけ、殺し、親になることを妨げる性
感染症になっている。私は予算において、家庭がこれらの医学的リスクに
ついて情報を得るのを支援するために、草の根運動を提案する。われわれ
は、自己抑制教育プログラムのために連邦予算を倍増させる。これによっ
て学校は、「若者による自己抑制は、性感染症を回避するための唯一確実
な方法」という厳然たる事実を教えることができる。」

占い一言居士:
相性占いで本当は一番大切なのは、親子の関係なのだ。小さいときからの
親子関係をしっかりと築くことは、一番大きなリスク回避なのだ。家庭と
いう限られた狭い空間の中で、密度の濃い人間関係を結ぼうとするとき、
そこに愛が誕生するのか?恨みや憎しみが誕生するかは、親子の相性が大
きく関わっている。

06年7月10日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言-空腹は最高のソースである。
---ヨーロッパのことわざ---

「空腹は最高のソース」確かにその通りだろう!それが、食べ物に対する
礼儀なのかも知れない。どんなに美味しい料理でも、お腹が張っている状
態では、そのおいしさも半減してしまうのは当たり前だ。その反対に、少
々味に”難あり”でも腹が減っていれば、それなりに美味しく食べられる
ものなのだ。

伊達政宗も言っているではないか!「朝夕の食事は美味ならずともほめ
て 食うべし」、なるほどというものだ。ほめて食うというところに、食通伊達
政宗の極意があるような気がする。そう考えると、「腹八分目」というの
も、健康に留意したことわざというよりは、食事を美味しく頂くための心
得のような気がしてくる。いつも満腹では、美味しいものも美味しくはな
くなるからなのだ。生活を楽しくする知恵というのは、案外そんなところ
なのかも知れない。

行きつけの店がある。といっても飲み屋ではない。我が内灘町にある仲佐
商店というマーケットだ。ここの魚は何といっても美味しいのだ。秘密は
ここの主人である大将が魚が美味しくなる秘密を知っているということな
のだ。先日も”鰹のたたき”を作ってもらったのだが、消費者に届く鰹の
旬の時はいつ頃かということをちゃんと知っているのだ。そういう配慮が
できるところにすごさがある。ここのご主人、今でいう”ちょい悪おやじ
風”なのだがなかなか”粋”である。奥様もきれいな人だから、行けばつ
いぞ声をかけたくなるのは人情だ。

仕事で都会へ行く機会がある。行ってみていつも心に刻むことがある。そ
れは我が内灘町(石川県)に住んで良かったということなのだ。何といっ
ても食材が違うのだ。食べ物が生きているか死んでいるかという違い”鮮
度”というものがこれほど大きな力を持つものかということを思い知らさ
れる。確かに都会は素晴らしいだろう!しかし、人の人生で占める楽しみ
の半分以上は”食物”である。そのすばらしさを満喫できるということか
らすれば、人生のすばらしさは田舎に住むことに軍配が上がるのではない
だろうか?今日も内灘海岸でとれた”でっかいアサリの酒蒸し”は本当に
美味しかった。奄美の黒糖焼酎”れんと”でこれをつまめば気分は、やっ
ぱり最高だ。

占い一言居士:
改名相談はよく申込が来る。何よりも料金がリーズナブルということもあ
るのだが、それよりも、改名しなくてもちょっとした自分の運命式の扱い
方の工夫で、自分の性格や運勢を切り替えることは案外できるものなのだ。
そういう秘密をちゃんと教えてあげるのだ。改名というのはちゃんとした
動機がなければ、またよほど運命式のバランスが悪かったりしなければ勧
めない。

06年7月9日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言-冗談半分というのは、半分は冗談じゃないということなのだ。
---吉田修一(作家)---

「・・・・・・・」と発言しておいて、「ははは、冗談だよ」などと取り
繕った経験がないだろうか?誰にも一度や二度はあるに違いない。ところ
が、それが冗談とはいったものの、誰もそれが本音に違いないと受け取っ
ていることが多いのだ。確かに冗談というのは、その場を和らげる雰囲気
は持っているが、それは多分に気分の問題であって、そのことば自体は本
音に近いと考えているはずなのだ。

冗談や駄洒落を連発する人がいる。そういう人は面白いので、皆の人気者
になるに違いないのだが、もう一つは自分の言えないことを冗談や駄洒落
を通して直言してくれるから頼もしいのだ。特に上役がいる中では、相違
人の存在は貴重だ。唯一の存在といっていい。いいにくいことや真実に近
いこと、批判につながることなども冗談半分のような”言い方”で相手に
伝えてくれるからだ。

”諌言”ということばがある。昔主君に対して、その行動やことばをいさ
めることを意味するのだ。そういう意味では、昔の人は自分の命をかけて
いたから偉いのだ。現代でもそういうように上司に”諌言”する人がいる
とすれば、その人はたいした人なのだが、結局はにらまれて損をすること
になるのは目に見えている。サラリーマン化した社会では、相手の本当に
為になるが、耳の痛いことばというのは誰も言いたがらなくなる。周りに
イエスマンばかりが増えるようになると、その会社は危なくなる。

リーダーになればなるほど、物事の本質や、隠された本音に注意を払わな
ければならなくなる。これらを聞き分けられないと、ついぞ道を誤ること
になりかねないのだ。冗談だからといって聞き流せないところにリーダー
のリーダーたるところがある。ただ、それをストレートに取り上げては角
が立つから、その辺は”心のさじ加減”が必要だろう。いずれにしても、
自分や自分の部署、会社にとって都合の悪いこと、嫌なこと、そういうマ
イナス的なことをしっかりと受け止めて、ちゃんと対応することがリーダ
ーの資質になる。

占い一言居士:
命名する上でのポイントは、大局をとらえて小さなことは融通の範囲に任
せることなのだ。どういうことかというと、命名ですべて運勢や性格でO
Kというようなことは絶対にあり得ないということなのだ。だから、しっ
かりと全体のバランスをとらえていて、小さなことは自分や周囲の持つ影
響力の中でうまくカバーして自己成長を計れるようにしてあげることなの
だ。

06年7月8日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言-無益のことをなして時を移すを、愚かなる人とも、僻事(ひがごと)する人とも
いふべし。
---吉田兼好(鎌倉時代末期の歌人・随筆家)---

価値観の多様化は、実は価値観の喪失の時代ともいえないわけではない。
一方的な価値の押しつけは、独裁政権によって多くの悲劇がもたらされて
きた。現代でも北朝鮮などはその最もいい例だろう!多くの価値観が生ま
れることは、それだけ一人一人が独立していて、まとまりがないというこ
ともいえるが、それだけ個人が尊重されていることの表れでもある。

ところがその価値観というのも、自分勝手であっていいということではな
い。人間が社会を形成して生きている以上、その社会を破壊するような価
値観は誰も容認はしないからだ。様々な価値を持っていても、それが社会
に貢献する何かの内容を持つならば意味がある。どんなことをするにもそ
こには、その集団や社会での働きが認められるかどうかというのが、最低
のラインだ。だから「何をしようが自分の勝手だ」という論理は、既に社
会の集団の構成員という資格を失っていることを意味する。

達磨大師が壁に向かって黙って座禅を組んでいて、それが何の価値がある
のか?比叡山の阿闍梨が回峰行(かいほうぎょう)をして、それが何をも
たらすのか?そんなことを考え出すとこれまでの宗教そのものが、その存
在価値まで疑問になってくる。何で座るのかって聞くと、ただ座るだけだ
という。何で歩くのかというと、ただ歩くだけだという。歩けばわかるこ
とだってあるという。
しかし、こういう人たちを心の支えにしている多くの衆生がいるというこ
とを知らねばならない。この人たちが心の目標なのだ。

だから価値の多様化というのは、多くの心の価値観をちゃんと認めてあげ
ることが必要なのだ。それが、様々な文化というものを形成していくこと
になる。政治体制の自由のない封建社会でさえも、様々な文化が生まれた
のだ。キリスト教はそのバイブルの中で「愛は寛容であり、愛は情深い。
・・・そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐
える」(コリントⅠ13:4-7)。一神教だからこそ寛容を説いてバランスを
取っているといえる。最近のテロによる宗教の押しつけ、相手を抹殺する
やり方は、既に国際社会の構成員という資格を失っている。

占い一言居士:
相性占いは、自分のために占いをするということではない。相手をどうや
ってもっと素晴らしくしてあげられるだろうか?その為に自分が何をして
あげる内容を持つのだろうか?相手とのもっといいつながりを持つための
方法ないだろうか?その辺を理解するための占いであることを忘れてはな
らない。自分に相手を合わせるために占いをするのではない。

06年7月7日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言-自分は幸福かと自分の胸に問うてみれば、とたんに幸福ではなくなってしまう。
---J・S・ミル(イギリスの思想家・経済学者)---

今日は七夕の日、牽牛と乙姫が1年に1度再開する日である。この日を楽
しみに一生懸命働きながら、一日千秋の想いで待っていたに違いない。牽
牛や乙姫のように、何かの希望や目標をしっかりと持ちながら喜びを得よ
うとする姿は、それが実現できたときは本当に幸福だろうと思う。

そういえば、最近は夏祭りやら春祭り、秋祭りなど田舎の祭が喜びを持っ
て迎えられなくなった。神事も大切だが、人々の喜びの方が大きいから祭
は歓迎されてきたのだろう!我が家の田舎も、春祭りは御輿を担ぐ人がい
なくなって取りやめになって久しい。村の青年団も団長を務める人がいな
くて、いつも同じ人が団長というよりも、青年団自体が数人という寂しさ
なのだ。

我が家の子供たちも、さすがに高校生ともなると七夕の飾りというわけに
はいかないが、七夕の神様にお願いすることを聞いてみた。長男はプロの
デザイナーになること。金沢美大に合格すること。次男は東大理科Ⅰ類に
合格すること。三男は小学5年生だけあって、答えが面白い。パーフェト
の人間になること、なのだそうだ。幸福感というのは、そういう大きな落
差があったときに感じるものなので、当たり前に計算できることに幸福感
はないのだ。

幸福論をいえばきりがないくらいの意見が出るだろう!人それぞれに幸福
感というのは違ってよいものなのだ。人から幸福とは・・・などと押しつ
けられるのは決して幸福ではないのだ。人の感性にふたはできない。それ
をすれば、人の心は離れていく。人の心から幸福感が薄れていくのは、日
常生活の中から落差がなくなってしまっていることの表れである。それは
決して人間にとっていいことではない。幸福感を持つことのできる生活を
するということは、日常生活の中に神様が働く部分を残しておくことなの
だ。自分の力以外の可能性の部分があってこその人生だ。

占い一言居士:
タヌキは人を化かす。といわれているが、実は自分が化けながらドジを踏
んで正体がわかってしまうというユーモラスな部分がある。人間は人間を
だましながら不幸にしていく。怖いのはだます意志が全くないのに、結果
的にだましたようになってしまうことだ。結婚してこんなはずじゃあなか
った。と感じている人は、結婚後の自然な改名がそういう結果を及ぼして
いることを知るべきだ。

06年7月6日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言-あー、おれも金持ちの家に生まれたかったな。
---石田衣良(作家)---

小さい頃、「僕はどうして総理大臣の息子として生まれなかったのだろう
か?」などと考えたことはありませんか?不遜な思いと怒られそうですが
「皇室では駄目だったのかな?」などと妄想を働かせたものです。それに
しても、もっと金持ちだったらいいのになあなどとは、よく考えたもので
す。

家が貧乏だったので、いつも食べ物にも苦労して、特に弁当の時間がいや
でしたね!亡くなった母親には失礼ですが、「頼むから晩ご飯の残りの煮
物だけは勘弁して!」と心の中では叫んでいましたよ!恥ずかしくて、弁
当を開けるのが嫌でした。でも育ち盛りですから腹は減ります。どんな弁
当でも食べないとやっていけませんから、ふたで隠しながら食べていまし
た。今から思えば、借家を5軒も持っていて貧乏とはいえないのですが、
当時は質素倹約ということがわかりませんから、家は貧しいものだと思い
こんでいました。

現代の若者たちにはわからないと思いますが、洗濯機が家に来たときは嬉
しかったです。それまで、洗濯といえば近くの湧き水がでている共同の洗
濯場まで行って、そこで近所のおばさんたちと井戸端会議をしながらの水
仕事になるわけですが、それをよく手伝わされていました。そこへ洗濯機
の出現ですから、驚きでした。絞り器にはびっくりして、こんなに便利な
ものがあるかと楽しく手伝っていました。結構力がいるので母親に代わっ
て力のある僕が手伝ったわけです。そんな時代からコンピューターへと発
展していったかと思うと、この変化は何だろうと考えざるを得ません。

団塊の世代はみんな何らかのハンディーを持ちながら、それでも時代的な
背景を背負って頑張ったのです。それが、現代の環境を造り出したといっ
てもいいのでしょうが、何かを置いてきてしまったような気がします。時
間をかけて培わなければならなかった何かをです。人はデジタルではあり
ません。便利さはデジタルで実現できますが、人はもっと面倒な非合理的
な生き物なのです。時間をかけて養わなければならなかった人とのコミュ
ニケーションや自然との調和などの心の隙間が、引退する間近になって空
洞になってしまっているような気がします。田舎でのんびりと暮らしたい
という願望は、置いてきてしまった時間を取り戻したい現れなのだろうと
思います。

占い一言居士:
相性は、相対的な関係ということがいえます。相手によって変化するとい
うことですから、それはどういう変化をすればいいのかということになる
のです。相手の持つ性質やら特徴、タイプから様々なことが予測できるの
です。そういう可能性の中から、どういう対応をすればいいかを考えねば
ならないのです。それが相性占いということなのです。決めつけてしまえ
ば道はなくなります。

06年7月5日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言-必要というものは不思議なもの。くだらないものを貴重なものに変える。
---シェークスピア(イギリスの劇作家)---

世の中100円ショップ流行である。ほとんどのものが100円ショップで
整ってしまう。こうなると、便利さが先になって、つい100円ショップに
足が向いて、店をのぞけばなにがしかを買って出ることになる。ところが家
に帰ってみると、何でこんなもん買ったんだろうかなどと自分で疑問に思っ
てしまうことが多いのも事実だ。

インターネットを中心としてチープ革命が進行しているという。その昔、
「安かろう悪かろう」という時代があった。それでも庶民はお金が淋しいか
ら、つい手を出して買ってしまうのだ。そして後で後悔することになる。そ
れが自責の念を込めて「安かろう悪かろう」ということになる。まあ背に腹
は代えられないというわけだが、
つくづく思想性のなさに腹が立ったという経験は僕だけではないだろう。自
分の中に価値の柱が立っていなかったことが問題なのだ。

「もったいない」という考えが見直されている。こういう日本のよき考え方
は、ものを大切にするという根本の考え方から来ているのだが、その物自体
が手間暇かけて職人が精魂を傾けて作成した命あるものなのだ。だから、
「大切にする」という中には、物そのものに対する深い愛情が込められてい
る。そういう精神的な背景があって「もったいない」という思想が出てくる
のだ。そういえば、現代社会は、「売れる物を作っても、いい物を作らなく
なった」そこが問題といえないだろうか?何でも鑑定団の中島さんではない
が「いい仕事してるね~!」ということに大きな価値が出てくるようになっ
たわけだ。昔はみんないい仕事をしていた。

我が家では、やっと”山の神”が「物を捨てる!」ということの価値に気が
ついてくれた。実は「捨てる」ということと「もったいない」ということは
表裏の関係にあると思う。「いい物を造り」「いい物を残す」そのことが重
要なのだ。それが「もったいない」という考え方のベースになるのだ。だか
ら「捨ててみてわかる物の価値」ということになる。まあ、そう考えると夫
も捨ててみればその本当の価値がわかろうというものだ。それでは気がつく
のが遅いのだ。世の”山の神”はその辺を早くわかってほしいものだ。

占い一言居士:
改名してみると、面白いことがわかる。周囲の反応がわかるのだ。白い目で
見る者、応援してくれる者、無関心を装う者、何で何でとしつこく聞いてく
る者、黙って何かあったななどと勘ぐる者、いろいろである。それで人の心
を見ることができる。でも一番は自分の心が大きく変化することだ。そこに
改名する価値がある。

06年7月4日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言-半世紀をゆうに生きても、人間には十分先のことさえわからないのだ。
---石田衣良(作家)---

「一寸先は闇」だから、この世は面白いともいえる。考えても見てください。
先のことがすべてわかるようになれば、人間はどこに刺激を見いだすのでし
ょうか?先がわかれば不安は解消するし、先手を打つこともできる。だから、
ちょっとでも先を知りたいというのが人間の心理だろう。ところが、みんな
がそのような能力を身につけてしまったら、先を知ることの競争が起きてし
まうのだ。何秒相手より早く情報を知り得たかが、デジタル処理に影響する。

こんな訳のわからない世界が出現してしまう。だから、闇は闇のままがいい
のだ。わからないからこそ価値があるのだといえる。だから自分を信じると
いうことが重要になるし、準備することの大切さも学べる。「今を生きる」
ということばがある。今というのは、過去と未来の接続点を意味する。だか
ら、今というのは三世代に共通する価値なのだ。今がダメになれば、過去も
ダメであったし、未来もダメになる可能性が高くなるのだ。

神様は、どうして人間の前にその姿を現さないのだろうか?多分現したくな
いのだろう!それが本当のところだ。何故ならば、もし全能の神様が、また
あらゆる特殊な能力を持った八百万の神々がその姿をもって出現したら、き
っと神様は人間の争奪戦になって、神様自身が不幸になってしまうだろう。
多分、神様が人間に嫌気がさして、もう人間を助ける気がなくなってしまう
のではないか?そう考えると神様は見えないから、すべての人が共有できる
のである。すると姿を現さない神様はやっぱり頭がいいということになる。

お金も実はその姿をあらわさに方が人間は幸せなのかも知れない。人は現生
を積まれると弱いのだ。逆に現金が減っていく状況を見るのは辛いものだ。
だから、「お金は世の中にいっぱいある」そう思って生活する方が豊かにな
るに違いない。お金も万物の体化物に過ぎず、お金の数字は人間のルールで
できあがっているのだから、お金はあるものと思って使わない生活が一番い
いのだ。そうすれば自然と豊かな心になる。そういう強がりをいいながら、
「今を生きる」のが、わからない闇の明日に向かう最善の道なのだと思いこ
むことにしている。心は神様が住む宮殿だから大丈夫だ。

占い一言居士:
改名相談が人気だ。何故かというと低料金ということもあるが、そんなレベ
ルの低さで人気なのではない。みんな自分の名前の持つ力に何かを感じてい
るからなのだ。何かの力が自分という名前の持つ象徴体を通して、自分に働
きかけていることを感じているからに違いない。それほど人間というのは霊
的な存在ということができる。必要なときは改名をして霊的なパワーをアッ
プすればいいのだ。

06年7月3日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言-頭髪が白くなったからとて長老ではない。
---ウダーナヴォルガ(仏教経典)---

人間年を重ねれば、それだけで人間ができてしまうような錯覚を覚えるのだ
が、そうではないだろう!年をとって犯罪を犯す人も多い。
確かに元気で長寿であること自体が尊敬に値することではある。年をとって
来ればわかることなのだが、一年一年体のバランスが変わってしまっている
ことに愕然とすることが多い。それだけ人間の体というのは微妙なバランス
の上に成り立っていることがわかる。

多分多くの人が通過するのだろうが、自分の弱点になっているところに集中
的に現れる。バランスが崩れ出すとそこが病気の根っこになる。こうなると
自分の体を見つめ直さなければいけない。心のあり方から食習慣まで、自然
と自分の調和も考えねばならぬ。迷信に惑わされないためには知識も必要だ。
こうなると年をとるのも楽じゃないことがわかる。今までは自然に年をとっ
ていけばいいだろうぐらいに考えていたが、そうではないことがやっとわか
ってきた。

「人間五十年・・・」織田信長公のように割り切った苛烈な生き方ができれ
ばいいのだが、それほどかっこはよくない。どちらかというと愚痴をこぼし
ながら生き続けたいような毛利元就みたいな情けないのが僕だ。(毛利の殿
様御免ね!)だから、家康のように漢方薬にこって、質素を旨とし、政宗の
ように伊達な生き方はしないで美食家にもなろうとは思わず、一汁一菜に我
慢をし、秀吉のような金ぴかにはほとんど縁がないから、せめて漆位を贅沢
にと思いながらそれもままならず、目ざしで我慢をしようと思いきや、その
鰯までも高くて手に入らなくなってしまった。
年金の保証もないから、この世はますます生きづらくなった。

年をとっていいことがひとつだけある。歴史上の英雄達は年をとってもぎん
ぎらぎんであるが、庶民にとっては、もうぎんぎらぎんはいらなくなった。
その分だけ自分の心の装飾がはげ落ちて(頭もだけどね!)世の中が淡泊に
見られるようになった。それは相手のためになる助言が少しはできるかなと
いう心域に近づいている気がするのだ。長老というのはそういう卓越したと
ころが必要なのだが、それには人生の経験を教訓に変えることのできる知恵
ある人でなければならない。もう一つ、生きることに原則や規範をしっかり
ともっていることだ。それがちょっと先を見つめることのできる力になる。
だから、そういう老人になれればいいなと、近頃思うようになった。

占い一言居士:
相性占いは、できる限り早めにした方がいい。何故かというと、それだけ相
手の心の状況がわかる分だけ、どうすればいいかという方向性がわかるから
だ。いろいろと問題が出てくるようになってからでは、その原因究明だけで
終わってしまって、対策になりにくいのだ。だから、大切な人であればある
ほど最初から相手の研究をしてあげることは、愛情でもあるのだ。

06年7月2日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言-疑わしいことは問うのを恥じるな。過ちは正されるのを恥じるな。
---エラスムス(オランダの人文学者)---

知ったかぶりをするのを「かまととぶる」という。人間というのはおかしな
ものでちょっと位しか知らないことでも、「ーん!それはだね!~~だよ。」
何てすぐにいってしまうものなのだ。で、ちょっと相手から詳しく突っ込ま
れると、誤魔化して逃げてしまう。

プライドというのは、時には必要だが時には邪魔にもなるのだ。正確にはプ
ライドではなくて、こういう場合は虚栄心といった方がいいのかも知れない。
プライドは漢字で書けば”矜持”となり、自信とか誇りということになる。
「かまととぶる」虚栄心とは違うが、人間にとっては成長の過程の中で、も
う少しで”大きく化ける”時がある。そのときにこのプライドはとても大き
な障害になるのだ。

孔子は”60にして耳に従う”といわれたのだが、プライドが大きくなれば
なるほど、こういう謙虚さを持つことができるようになることは大変に難し
いものだ。「万人のことばに耳を傾ける」それができれば、人間としては完
成の域に達することができると思う。「真理そのものに頭を下げる」という
ことだ。四大文化圏の開祖達ならばそういうことができたとは思うが、現代
人は果たしてどうか?

「かまととぶれば」結局は自分が後で泣きを見るようになる。それよりも最
初から、知ってること知らないことに素直になるべきだ。少し知っているか
らといってそれで人格や人間性が向上したわけでも何でもない。評価は人が
勝手にするもので、自分の満足度とは異なるのだ。要は自分が何を対象とし
て、目的として生きているのかということが問われているような気がする。

占い一言居士:
占うことは人間にとって、希望でもあるが恐れでもある。しかし、占わずに
はいられないのが人間の性だ。自分自身を占うことは、自分自身への布石で
あり、道なのだ。だから、事前に様々な情報を集めることこそ、変化への対
応の準備ができるのだ。準備なき者には滅びが待っている。

06年7月1日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言-絶望するなかれ。しかしたとえ絶望しても、絶望のうちに働け。
---エドモンド・バーク(イギリスの政治家)---

「いつまでもあると思うな親と金」どちらもなくなればショックは大きい。
なくなってほしくないものだ。必要度が大きければそれだけショックが大き
く、時には絶望をしてしまう事もある。絶望ということばはあるが、果たし
て人は本当に絶望してしまうものなのだろうか?ひどいへこみようでも、時
間がたてばいつかは回復するものだ。それが道がないと思いこんでしまうの
は、よほどの状態に違いない。

人間というのはどこかで”思いこみをしながら生きている”という事がいえ
る。絶望というのも思いこみのひとつとはいえないだろうか?そんな事をい
うと、絶望するような境遇に陥った事がないからだと怒られそうだが、日本
という国は幸いにして民主主義の国だ。よほどなことがない限り命まで取ら
れる事は法律的にはない。最低限の守られるものはあるのだ。それがいいと
ころだといいたい。これが戦国時代や北朝鮮のように独裁政権の国ならば、
たちどころに希望は断たれている。

ちょっと前にパッションという映画がはやった。内容は2000年前のイス
ラエルでおこった出来事だ。ガリラヤの大工の一青年が救世主・解放者メシ
ヤだとの風評によってひどい拷問の故に十字架にかけられて殺害された。彼
は裁判で無罪だとされたのにイスラエルの聴衆は死刑にしろと叫んだのだ。
暴動を恐れたときのユダヤ総督は、彼を群衆の手に渡した。このことの少し
前に、彼は3人の信頼する弟子を集めて、共に神に祈った。彼は絶望してい
なかったのだ。状況は明らかに絶望的であった。なのにである。十字架上で
さえ彼は信じていたのだ。それは彼の絶命時に発したことばでもわかる。
「エリエリレマサバクタニ」・・・我が神我が神、何故私をお見捨てになる
のですか。

希望を持てとか、希望を捨てるなというような事をいうつもりはない。何か
でショックを受けている人に、どんなことばを投げかけてもそれは無意味に
終わるだろう!何が一番大切かというと、最後まで信じて、愛してくれる人
がいるかどうかという事が絶望と希望の分かれ道となるのだ。どんな時でも
愛して信じてくれる人が側にいてくれる事が大切だ。イエスキリストといわ
れたガリラヤの大工の青年と共に祈ったといわれる3人の弟子は、実は祈ら
ずに寝てしまったのだ。彼には側にいてくれる人がいなかったのだ。それで
も彼は希望を捨てなかった。

占い一言居士:
相性占いは、人生の様々な様子を映し出す。この世の中にぴったりと相性が
いいなんてことは、本当はないと考えた方がいい。それよりも、どこで相手
との繋がりを見つけるかという事なのだ。運命式はその糸を教えてくれるの
だ。そしてその小さな糸を大きく太く発展させる努力をどうしてきたのかと
いう事の方が重要だ。相性占いはその為にある。


天使の占い・遠山球希

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