命名・相性占い・改名・結婚はあなたの事を考えてアドバイスをします。

命名は赤ちゃんの一生を左右します。両親や家族との相性バランスが運命を大きく決定します。バランスの良い命名によって赤ちゃんの運勢を良くし、親子の相性までも考えた命名方法を紹介します。バランスの良い改名によって本人の運勢を良くし、親子の相性までも考えた改名法を紹介します。
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赤ちゃんの命名 姓名判断
 

07年5月30日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言−いずれの時か夢のうちにあらざる、いずれの人か骸骨にあらざるべし。
---一休(臨済宗の僧)---

一休禅師は後小松天皇のご落胤と伝えられている。だから、あえて世の権威
を否定したのかはわからないが、その徹底ぶりには驚かされる。しかしなが
ら、この一休禅師の「考え方」には素直に共鳴できる。この世は無常で、一
斎ことごとくまぼろしである。というのは、極めればそこまでいくのだろう
と思う。ここまで極めるというところに一休禅師の常人と違うところがある。

一休禅師の不思議な行動は、いずれもわけがあってのことである。元日のめ
だき日にどくろを振りかざして「元日や冥土の旅の一里塚・・・」と謡って
歩いたという。これも一休禅師の道を極めた結果の行動なのだろうが、凡人
にはまだよくわからないところが多い。とりあえず分からない人は凄い人と
いうことにしておくことにしているのである。

真に人というのは分からないもので、いつ変わるかも知れないのだ。人の心
の世界の話だ。見えない心の世界をどこまで信じるかという問題は、いつの
時代でも偉い人にとっては悩みの種であったはずだ。何もない人とは違って
様々な利害が錯綜する中で、信じる人を探すというのは結構しんどいに違い
ない。結局幼いときに、大人や自分と同じ子供を信じることができないでい
た人は、やっぱり人を信じることができなくなってしまっているのだろう!
愛されなかった人が、愛することを知らないように、親を知らなかった人は
親になりきれないのかも知れない。

最近街を歩いていても、着飾った人を見るとその容姿よりもつい頭を持ち上
げる考えがある。「どうせ銭湯に行けば、裸の一個の人間なのに!何の意味
があるのか?」という具合だ。ひねくれている僕の心かも知れないのだが、
世の中を斜めに見ることで、どうにか自分らしさを出しているのかも知れな
い。一休禅師も幼きころの寂しい思いが、人に対する様々な屈託のある心を
形成し、それが一休禅師の道を極めた思想行動に表れているような気がする。
所詮人は骸骨になるために生まれているのかも知れないのだ。そう思えば人
は皆骸骨、自分も骸骨、同じでいいではないか?

占い一言居士:
名前の持つ面白さは、その名前が一つのイメージを形成していくというとこ
ろにある。そして、そのイメージが実は人間を創造するということが面白い
のだ。だから、命名にはちゃんとしたイメージを持つことができるようにす
ることが必要だ。特に、育てる親が子供にイメージを持つことが子供にとっ
ては原点になる。

07年5月29日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言−真に大志ある者は、よく小物を勤む。真に遠き慮ある者は、細事を忽にせず。
---佐藤一斎(陽明学者)---

小さなことを疎かにしないことが、成功へのステップというのはその通りで
ある。ところが、小さなことにとらわれる人と、大志を抱いていて小さなこ
とをしっかりとやっている人の見分けをどうするかというのが難しい。果て、
自分はどうかというと、小さなことでもなく、大志を抱いているというので
もなく、どっちでもというようになってしまう。こういうのを”君子ではな
く小人というのだろう”と思う。

くよくよするというのがある。くよくよというのが”小さなことにとらわれ
るということ”なのだろう。何かあればくよくよする。我ながら男らしくな
いと思うのだがしょうがない。人間というのは変なもので人のことは立派に
批判できるのだが、いざ自分のことになると批判もできないし、客観的に判
断もままならずというのが実体だ。やっぱり「小人閑居して不善を為す」と
いうことになりかねない。

この際思い切って「パーッとやろう!」などといっても、小さな屋台でご託
を並べ、パーッとチビリチビリお猪口を傾ける。威勢だけはいいのだが、や
ってることは小さい。酒の上で許されるレベルでしか自分を表現できない小
さな人間がそこにいる。「人の悪口をしっかりと言っていながら、心の片隅
で誰かに気兼ねしている」。そういう赤提灯は、お父さん達の心の溜まり場
なのだ。それでやっと寝床に帰れるのだから、夜遅くなってお上に怒られる
のもいいものだ。

大志を抱くというのは、古い話だが赤穂浪士の”大石内蔵助”のようなもの
なのだろう!彼は討ち入りという大目的のために、細心の準備をしながら自
らは遊蕩に身を持ち崩したように見せかけて世を欺き続け、ついには武士の
本懐を遂げるのである。大志を抱くというのは何と辛いものなのだろうかと
考えてしまう。そこへいくと大志を抱けない僕たちは、その都度その都度の
心のうさをチョビリチョビリと晴らしながら、自分を偽ることなく正直にい
つも失敗しながら「小人道」を真っ当に生活している。それでも善しとしよ
うではないか?

占い一言居士:
世の中の占いを見ていると、心理学をうまく使った占いの人がいる。「おう
む返しの法」である。相手のしゃべったことを繰り返ししゃべっていると、
「この人はよくあたる」ということになる。本当の占いは予言でもないから、
相手の心の隠れた部分を解放してあげることにある。

07年5月25日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言−恋については、いつだって女の方が、行動力も度胸もあるのだ。
---石田衣良(作家)---

恋というのは、昔の字の方が的を射ているような気がする。「戀」は『相手
とのつながる糸と糸を、言葉を仲人にして結ぶ心意気』ということにでもな
ろうか?また、『糸?しさが二重に重なって言にもならない心』『糸しいと
言えば尚糸しくなる心』『心を下におきながら、糸しいと言えない糸しさか
な』『糸しいと言えば尚糸しさが増す私の心』

恋というのは、いつでも不思議な力を持つものだ。「火事場の馬鹿力」では
ないが、自分でも思わぬ行動力を発揮するのだ。そういう経験は皆が一度や
二度は持っていると思う。いつも恋をしているような人はもう遊びになって
いるから「恋の力」なんかは忘れてしまっているだろうが、昔のことをちょ
っとは思い出して欲しいものだ。そんな力を出した時があったはずだ。だか
ら恋はいつでも青春の想い出になるに違いない。

西行法師はもと歴とした鎌倉武士で、名を佐藤 義清(さとう のりきよ)と
いった。名誉ある北面の武士であった。北面の武士とは上皇を護る警備隊で、
眉目秀麗で武芸にも優れていなければならなかったから、それは名誉なこと
なのである。西行法師は歌人として後世にまでその影響を与えた人であるが、
その出家の動機はというと、これもいろいろとあるがたぶん複数の事情が重
なっての出家ではあるらしい。恋が原因とも言われている。それは、さる高
貴な女性”との失恋らしい。北面の武士として出入りする鳥羽院の妃・待賢
門院(崇徳天皇の母)に恋をしてしまったのだが、あまりに身分の違いから
その恋をあきらめるために「歌」を極めようと出家したとも言われている。

恋は人生をも変えてしまう力がある。それだからこそ恐ろしいとも言えるの
であるが、やっぱり素晴らしい方が大きいかな?そう思いたい心もある。時
限爆弾みたいなもので、時を刻むごとに爆発のエネルギーを蓄えているよう
なものだ。恋の力というのは恋する人に対する”想いの力”でもある。人に
想い想われると言うことが、長い年月繰り返されることによって、大きなエ
ネルギーが蓄えられるようになるということなのである。そして、想う心と
想われる心の交差点で爆発は起きる。

占い一言居士:
改名が自由でなくなったことは、現代人にとっては不便なことかも知れない。
それは、自分を自己表現する手段を失ったことと同じなのだ。自分を創ると
いうことは、人に与えられた特権であるはずなだ。だからこそ、ペンネーム
ということはいい考え方だ。ペンネームが私ですといって、自分をアピール
すればそれが自分になる。

07年5月24日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
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格言−年を取るっていうのは、そういうことなんですよ!
---中村うさぎ(作家)---

「年は取るもんじゃない」そう実感するようなときが必ず来る。それ宿命の
ような気がする。誰もがたぶん通過する関門のようなものだ。だけれども、
いざ自分がそういう境遇に直面したときに、「認めたくない」のだ。自分は
まだ若い。だからまだまだなんでもできると思っている。心はそのように叫
ぶのだが、身体という機械はそれについていかない。

「俺としたことが・・・!」なんて舌打ちするようなことがしばしばおこっ
てくる。僕の場合はぎっくり腰から始まった。これくらいちょっとした疲れ
だろう!そう思っていた。現実は思いよりも過酷であった。たびたびぎっく
り腰に見舞われるようになると、周囲は「癖になったね!年だからあきらめ
な!」「運動がたりないからだ!」等々親切なのかひやかしなのか、心配そ
うなおもしろ半分の囁きが聞こえてくる。そのうちに自分の身体が自分でな
いようなどうしようもない状況に追い込まれるようになる。それでもまだ
「認めたくない」のが本音だ!

「月日は百代の過客にして・・・」などと客観的に見つめられる心境にはな
かなかなれないということが、今になってわかるようになった。俳句など文
学的なものにふれる機会が少なかったせいか、どうにも即物的である。鈴木
正三は次のようにいっている。「一生はただ浮世の旅である事を悟って、一
切の執着を捨て、欲を離れて商いをする・・・」思うように身体が行かない
ことになればなるほど、この身体に”執着する”「気」が抜けないのである。
全く修行が足りないというほかない。最後は持病となってしまった心臓まで
おかしくなるからたまったもんじゃあない!

昔、田舎の祭などに行くとおじさん達に抱っこされて、よく大人の会話を聞
いていてものだ。いつも口癖のように聞こえてくる言葉があった。「そりゃ、
年のせいだ」というのである。何でも年のせいにしてしまっている。聞いて
いる方からすると「年のせいって何だ!」ということなのであるが、その頃
全くわからない大人の変な会話が、今わかるようになってしまった。これも
「年のせい」に違いない。

占い一言居士:
夢というのはいい言葉だ。夢というのは今は現実ではないが何時かはそうな
ればいいなという希望だ。占うということはそういう夢の現実への一歩とい
うことになる。相性占いをしてみれば、どうやって対応すべきかという小さ
な一歩が見つかるかも知れない。

07年5月22日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
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格言−青春の特権といえば、一言を以てすれば無知の特権であろう。
---三島由紀夫(作家)---

無知というのは、そういえば「特権」になるのだ。改めて気づかされたとい
える。ちょっと意味は違うが「知らぬが仏」というのもある。どちらにして
も、知りすぎているということは臆病になったり、警戒心だけが強くなった
り等々で勇気を持って行動できないという弊害がある。だからこそ、それ以
上知らないということは「それ自体が価値があることかも知れない」という
ことになる。

今から思うと勢いでやっちゃったことというのは結構ある。それがまた許さ
れたし、それだからこそ結構結果も出していた。怖いもの知らずといえばそ
れまでだが、そういう行動は楽しかったのだ。学生運動も今から思えば勢い
以外なにものでもない。イデオロギーを振り回していい気になっていて、ノ
ンポリをあざけっていたが、結局はどちらが正解であったかはいまだにわか
らない。幕末から明治、大正、昭和へとつながる120年近くは日本の歴史
上特異な時代であったと思う。イデオロギーが人を動かしていた時代なので
はないかと思ったりするのだ。

幕末の長州藩毛利敬親公が「そうせい公」といわれていたことは、皆様ご存
じであると思います。この難しい時代背景に、尊皇佐幕と藩論が分かれるよ
うなときに何故「そうせい公」でいたのでしょうか?「そうせい」という言
葉は、藩士にとっては自分の力を出すことのできる大きな力になったのでは
ないかと思う。どんな意見でもちゃんと認めてくれる人がいる。「武士は己
を知るもののために死す」という言葉があるが、これは現代でも同じような
気がする。失敗を恐れずに頑張れと認めてくれる人がいれば、みんな力を出
すものなのだ。

若者が頑張れるという背景には、それをバックアップする大人達の力がなけ
ればならないことがわかる。過去現在未来を見据えようとする大人達の知恵
と、今を行動しようとする若者達のエネルギーが時代を動かす大きな原動力
になったに違いない。それが明治維新なのだろう!昭和になって、大人達の
未来を見据えた知恵はどこかへ行ってしまった。残ったのはイデオロギーだ
けで行動するエネルギーをもてあました若者だけである。知恵のバックアッ
プのない無知のエネルギーは、結局時代の変革には参加することができなか
った。

占い一言居士:
命名というのは、様々な背景を考えながらされるものなのだ。一口に命名と
いっても、そこには万感の想いを込めた親たちのドラマがある。そのところ
を理解していないと、命名には魂が入らないことになる。そうであってこそ、
命名はその子供のバックボーンになるのである。

07年5月20日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
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格言−十人が聞いて九人がうなずくようなことは、だいたい間違えている。
---松井道夫(松井証券社長)---

時代の認識感というものほど恐ろしいものはない。トップであるということ
はそれを余儀なくされるのだろう!その認識感がしっかりとしている人ほど、
時代を開拓するリーダーということができる。時代をどう認識するかという
ことはどうやって訓練すべきかというと、これはもう嗅覚というか、動物的
感というか、霊的な能力というべきか、そんな類のものに違いない。

しかし、訓練する方法はある。それは歴史をしっかりと学ぶことだ。それも
生きた歴史である。戦史や政治史、経済史などを学び先人達がどのように決
断しその背景には何があったのかを知ることは、現代と比較する上でとても
重要である。第二次世界大戦で有名になったパットン大戦車軍団のパットン
将軍は、古来の戦史に非常に詳しかったとしている。彼は知性と教養と癇癪
持ちで、尚かつシックスセンスの非常に優れていた将軍であったらしい。そ
れを部下の誰もが信頼をしていたというから、彼に与えられた能力が時代を
超えていたことがわかる。

ダグラス・マッカーサー将軍は第二次大戦中フィリピンのコレヒドール島か
らオーストラリアへ退却した際に、アイ・シャル・リターン(I shall
return)の言葉を残して有名になった。ここで彼が「shall」を使用したとこ
ろにこだわりがある。自分は神の意志によって戻ってくるというのだ。が、
それを実行した。その後朝鮮動乱では、インチョン(仁川)上陸作戦が有名
である。この作戦は常識的にはまったくの無謀としか考えられない作戦であ
った。その証拠にあらゆるデータを検証した参謀本部は最後まで反対してい
た。しかし、マッカーサーは「皆が反対するから」この作戦を遂行すると押
し切った。この起死回生の作戦によって釜山港まで追いやられた国連軍は息
を吹き返したのである。

誰もが反対するから「それを実行する」というのは、やっぱり相当の時代感
覚と状況判断能力を持っていなければできない相談ではあるが、それを実行
するところにリーダーたる由縁があるといえるだろう!だから、リーダーと
いうのはどこか博打打ちのようなところがある。一つの方向判断で全てが変
わってしまうからだ。こういうリーダー像は日本人にはなかなか不向きだ。
意見の集約型リーダーが大半だ。しかし、乱世や時代の変わり目には砂漠型
のリーダー像が必要である。どの集団にもそういうリーダーが必要なときが
必ずある。そういうリーダーは普通では外れてしまう人たちが多い。そうい
う意味では、時代が人を呼びリーダーを育てるのかも知れない。

占い一言居士:
占いでは何を求めているかということが、とても重要になる。要するに知り
たいことがはっきりしていなければならない。そこには、良いことも悪いこ
とも受け入れる度量が必要になる。要は自分をニュートラルにしていなけれ
ばならないのだ。そうしていてこそ、占いの結果を自分にうまく取り入れる
ことができるのだ。そこでは占いに吉とか凶などということにとらわれるこ
とこそナンセンスなのだ。

07年5月15日
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格言−何となく好きで、その時は好きだともいわなかった人の方が、
いつまでも懐かしいのね。
---川端康成(作家)---

人には「想い出」がそれぞれある。たぶん今生きているのは、その想い出が
原点にあるからなのだろう!現実は幻滅を感じていることが多くても、それ
でも自分の中に「想い出」を壊さないようにしながら、一生懸命に生きてい
るのである。どんなにおじさんになってもどんなにおばさんになっても、や
っぱり想い出は心の中に宿っていて、だんだん時を経れば経るほどそれが大
きくなっていくのだから不思議だ。

「情景」と考えた方がわかりやすいと思う。自分の心の中に呼び出せば瞬時
に現れる映像がある。それが自分の心の原点になり、人生の出発点にもなっ
ているかも知れないのだ。そういう「情景」すら出てこないならば、その人
の心は渇いているのだろう!時にはそういう自分の「情景」を探すことをし
てみるといいのかも知れない。渇いているような心にもいつか湧水で満たさ
れる時が来るはずだ。

今年のサラリーマン川柳が発表された。やっぱりサラリーマンの悲哀をうた
ったものが多い。堂々の一位は「脳年齢 年金すでに もらえます」なのだ
が、僕が気に入ったのは、いろいろあるのだがその中でも第八位の『「ご飯
ある?」 「ツクレバアルケド」 「ならいいです…」』何でこれを選んだ
のかというと、読んだ人が様々な「情景」を自由に思い浮かばせることがで
きるからだ。冷えた夫婦の情景もあるし、妻の状況を見た夫の労りの情景、
恐る恐る妻にお伺いを立てる夫の情景、様々な世界が想像できて面白いのだ。

ひょっとすると、「情景」というのはその人の「憧憬」なのかも知れない。
小さな経験の情景が、いつの間にか自分の心の中で一人歩きし、どんどん成
長をして、いつの間にか自分が描く理想の姿がそこに出現してしまうのだ。
人っていうのは、面白いもので、現実に生きていながら実は現実でない世界
に心は生きているということなのだ。どんな現実に直面していても、情景と
憧憬が混濁しながら、自分の好きなように見ている。僕にとっては、妻はい
つまでたっても出会ったときの姿のままが写っている。

占い一言居士:
相性占いでは、本当は結婚後の相性を占った方が実利的なのに、どういうわ
けか今の自分と彼の相性は?などということが多い。刹那的ですぐに変わっ
てしまう相対的な恋人との相性よりも、結婚という絶対的な枠組みでの相性
の方がより人生を決める重要な相性なのに、そこに気がつかない人の心は?
である。やっぱり「ルート2」なのだろうな!

07年5月12日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
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格言−女性にモテた方が、人生は面白い。
---齋藤孝(明治大学教授)---

「女性に持てた方がよい」それは男性から見れば当然のことだと思う。反対
に女性から見れば、「男性に持てた方がよい」これもその通りではないかと
思う。それでは、何故「人生は持てると面白いか?」ということになる。幕
末の志士・高杉晋作は「おもしろきこともなき世をおもしろく・・・」と言
い残して病没した。

この続きはどうなのかというのは、それぞれ皆がいろいろと思案すれば面白
いのではないか?看病していた歌人・野村望東尼がつけた下の句は「すみな
すものは心なりけり」ということである。こんなのはどうか?「なるように
なれ自由な心」・・・駄作でした・・・まあ、いろいろと付ければ面白くな
るのではないかと思う。

池の中に石を投げ込めば波紋が広がる。その波紋の広がりも見つめるのは結
構楽しいものである。自然の静寂の中に一石を投じる。そういう変化を楽し
むというのが人の心だ。「モテる!」というのも、モテる何かの一石を投じ
たからこそ、その結果が帰ってきたに違いない。何にもなくて「モテる!」
ということはない。そういう意味では人生は変化と刺激なのだろうが、それ
が自然よりも相手が人間となると簡単ではない。だからこそ挑戦しがいがあ
るのかも知れない。

面白く生きることは「男性や女性からモテる」ということだけではなく、ど
んなことでも自分が一石を投じることのできる人間でありたいということな
のだろう。どの分野でもそういうことだ!そういう波紋や変化をしっかりと
見つめることが人間には面白いと感じる性質があるようだ。中にはそれに疲
れてしまう人もいる。何故かというと、人間にはどうもイレギュラーが多す
ぎるからだ。そういう人は、自然や動物を相手に一石を投じることを考えた
方がいい。彼らは裏切ることをしない。それは、自然の素晴らしさだ。

占い一言居士:
改名相談が多く寄せられる。その背景には、自分を何とかして変えたい。ま
たは自己実現したいという強い希望があるからなのだ。それは素晴らしいこ
とだ。自己実現には、自分一人だけで全てがなせるわけではないということ
を知っているからこそ、名前の持つ力で多くの人とのバランスを取ろうとい
うことなのだ。

07年5月9日
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格言−自分を苦しめない言葉、また、他人を傷つけない言葉のみを語れ。
---ウダーナヴァルガ(釈尊の教え・仏教の原始教典)---

釈尊の教えの中心的な課題は、「執着」ということになるだろうと思う。こ
れがいいのか悪いのかと言うことでは、結果的には悪いことの方が目立つよ
うな気がする。執着するというのは、結局は周りが見えなくなってしまうこ
とになるからではないかと思う。これは、自分の心が「呪」になっているこ
となのだろう!ある物や、ある事柄、ある人などに自分の心がとらわれてし
まっている状態なのだ。そこから抜け出すのは、大変なのだと言うことだ。

この辺が見分けがつかない。信念を持つことと執着とはどんな違いがあるの
だろうか?たぶん心の置き方が違っているのではないだろうか!信念は自分
の心が主体で、価値観や概念をしっかりと持っていて、そこから出発する。
執着とは、自分が出発点になっているようには見えているが、実はそれは見
せかけだけであって、主体が相手に写ってしまっている状態を言うのではな
いかと思う。そういうビミョウなのだが、結果がはっきりと違ってくること
になる。

聖書の有名な物語に「ルツ記」というのがある。ナオミという婦人に外国の
地で二人の嫁があった。夫も息子も死んでしまったので、故郷のイスラエル
に帰ろうとするのだが、嫁達の将来を心配して生まれた地であるモアブに留
まるように言った。一人の嫁オルパはナオミの元を去った。しかし、ルツは
去らないで、ナオミと共にイスラエルに帰ったのである。何故ルツはナオミ
の元を去らなかったのか?全ての財産を失い、何もなく手ぶらで帰るナオミ
の所にいても貧しさと老いた姑の介護をしなければならないだけでいいとこ
ろは何もないはずなのだ。案の定、帰ってからルツは老いたナオミに変わっ
て「落ち穂拾い」をして生計を立てなければならない境遇に追われたのであ
る。

執着というテーマで見たときに、オルパはナオミとの生活に執着しないで、
ルツはナオミとの生活に執着したのだろうか?その後のオルパのことは書か
れていない。しかし、ルツはその後ボアズという人の妻となり、そのルツの
産んだ子がイスラエルのダビデ王の先祖となったのである。こういう経過を
見るときにルツという人は姑ナオミとの関係が非常に良かったのではないか
と思われる。だから、貧しさにも耐えてナオミについていく決心をしたのだ
ろう。これは、たぶんルツの信念ではなかったかと思う!信念は人に対する
愛に根ざすものだからであり、執着は自己愛に根ざすものだからである。

占い一言居士:
命名では一番気をつけなければならないことは、子供の運勢ももちろんだが、
親子の愛情交流にある。どんな良い名前と思っても、その名前が良い運命と
なるかどうかは、自分の名前の運用次第だからである。その自分の名前の命
名の力を発揮させることができるかは、周囲の愛情交流にかかっている。

07年5月8日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言−あのころまでが、いちばん幸せな時期だった。
---藤堂志津子(作家)---

あなたがいちばん幸せだと思ったときはいつですか?こういう質問をしたと
しよう!さてどんな答えが返ってくるのだろうか?答えは三つのカテゴリー
の中に入ることになる。過去、現在、未来というわけだ。それぞれのカテゴ
リーの中で当然幸せな状態も違っているだろう!だから、たぶんそれぞれに
一番があると思うのだ。

そこで、幸せというのは、過去、現在、未来と比較すべきものなのかという
ことである。映画のシーンでは、そういう比較の描写がよく出てくる。それ
は今の状況をクローズアップする為に過去を必要とするからかも知れないの
だが、それは見ている観客のための説明にすぎない。本当は、その人自身に
とって幸せなときは「今」であるはずなのだと思う。それは過去を思い出し
ている自分も、未来を想像する自分も「今」だからである。

今年の正月に「辻占」をしてみた。そしたら、「滅多に損はしません」が何
と5回も出た。それに、「食べるものに不自由なし」が1回。これはたぶん、
滅多に損はしないようなことでも、ひょっとすると損をするかも知れないと
いう暗示かもと、その時に考えた。でも、損しないというのだからいいでは
ないかと考え直した。食べ物も「不自由なし」はありがたかった。人間とい
うものは面白いもので、おみくじで大凶が出れば、それは大吉に通じるから
いいのだ。と考え、末吉が出れば、これから上がっていくのだからいいでは
ないかと考え、というように人はやっぱり幸せに考えるようにできているら
しい。

大学生の長男と話していたら、突然に質問をしてきた。人は悪いことをした
ら心は傷つかないのかな?悪いと思っていないのかな?というのである。急
に難しい質問だからとまどってしまったが、良心があるからどんな人も悪い
ことをすれば、悪いと感じているはずだと答えると、何度も悪いことをする
人はどうなの?というわけだ。人という者はどうも悪くなった理由探しをし
て、自分が悪くないということを言いたいらしい。だから、誰かや何かの性
にして自分は悪くないと言いたいのだ。たぶん「幸せ」も同じなのだろう!
今の自分が幸せなのだという理由が見つかれば、それで幸せなのだろうと思
う!そう考えている自分は今いちばん幸せなのだと思いたい。長男は言い質
問をしてくれた。

占い一言居士:
この前おもしろサイトを見つけた。偶然なのだが、韓国の方と結婚した日本
人の女性のブログである。ここでは、生きた文化論が感じられた。生活の中
から風土の違いがわかるのである。それによると、韓国は超外見の社会らし
い。女性の6割以上が何らかの整形をしているらしい。ほくろだってどんど
ん取っちゃう。ほくろだって人の相を表す重要なアイテムなのに、外見だけ
の整形って言うのは、占いから見ればかえって運勢を悪くする可能性がある。

07年5月7日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言−我 人に辛ければ人また我に辛し。
---近松門左衛門(江戸元禄期の歌舞伎・人形浄瑠璃の劇作家)---

因果は巡るというわけだ。自分が何かの原因をつくれば、そのことによって、
結果は自分に返ってくるというものだ。当然といえば当然のことなのだが、
この理は、なかなか理解されているようで、理解されていない。「天に向か
って唾を吐く」というのも同じようなもので、災いは自分に返ってくるとい
うものだ。そういうことは、昔の人はよく経験しているからこそ、こういう
言葉として残っているのだろうと思う。

実生活で人間が発言したり、行動したりする中に、後々のことまで想像した
り考えたりしながら、言葉を選んで話すというようなことをしているだろう
か?実際そんなことをしていれば、疲れてしまって話す気力もなくなってし
まう。そういうものに違いない。自分の思ったことや考えたことなどをその
まま相手にぶつけてそれで話題というのは発展していくのだ。ビジネスの交
渉では利害得失を考えながら話すのは当然だが、日常の会話の中にまで、そ
んな窮屈なことは持ち込めないだろう。

受け止める人の問題が大きいのだ。人間というのはその育った環境や、教育
を受けた内容によって様々な人種がいるものだ。その中には、何でもないこ
とを侮辱と受け取ったり、小さなことにプライドを傷つけられたと思う人も
いるのだ。国が違えば風習も違う。例えば日本では頭をたたくというのは、
相当侮辱されたことになるのだが、別の国に行けばお尻をたたかれる方がす
ごい侮辱を受けたということになるところもあるのである。国でも個人でも
それぞれの事情によって受け止めるレベルや内容が異なるのである。

人間の生活で大切なことは、人に恨まれる原因を作らないということなのだ
ろう!といっても、どんな生活をすれば人に恨まれないでいられるかという
のは、結構難しいものなのだ。だからこそ昔の人はいろいろと心を砕いたも
のなのだ。そこで「自分がして欲しいと思うことを人にしてあげなさい」と
か「何かしてもらおうとするのではなくて、先に相手に何かしてあげなさい」
などと、諭していうrのである。そういうことから、人にも自分いもいい関
係を作ろうとしていることがわかる。偉い人はこういう事を「愛」とか「仁」
という言葉で表している。

占い一言居士:
人間っていうのは不思議なもので、調子のいい時っていうのは何も考えてい
ないみたいなのです。だから、結婚する時っていうのはわざわざ「相性占い」
を見てもらおうとは思わないのです。ところが結婚生活をしている中で、ち
ょっと都合が悪くなると、何だか自分たちの関係が悪いのは相性の性かな?
なんて思うようになって、さかんに調べまくる。本当は先にちゃんと相性を
見ておくのが「転ばぬ先の杖」なのにね!

07年5月6日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言−嫉妬とは何であるか?それは他人の価値に対する憎悪をともなう羨望である。
---阿部次郎(哲学者・評論家)---

世の中で嫉妬心ほど嫌らしいものはないし、嫉妬心を抱かせるということほ
ど、人に対する優越感を助長するものもない。どちらにしても、嫉妬心など
というものは、人間の心からなくなって欲しいものであることには違いない。
それでもこの嫉妬心というのは、有史以来なくなったためしがない。このこ
とが全ての事件の背後にあるといってもいいくらいだから、人類にとっては、
伝染病と同じくらい闘わなくてはならない相手なのだ。

歴史上では北条政子の嫉妬心はすごかったらしい。頼朝に愛人ができると、
その愛人の住みかを部下に襲わせて、打ち壊しを行っている。これに夫頼朝
が激怒して打ち壊しの武将を罰すると、政子は愛人をかくまった武将を流罪
にさせている。この時代、公家や武家などが妾を持つのは一族の繁栄のため
に公然として行われていた。その中で、以上とも思える行動を政子はとった
のだ。一夫一婦制の社会システムの現代でも、浮気をしたからといって相手
の家をぶっ壊したなんていうのは、すごいことなのであるから、鎌倉時代に
女性の権利をここまで主張したのは凄まじいものがあったに違いない。

しかしながら、嫉妬心は人間にとっては必要なことなのでもある。こんなこ
とを書けば、怒られそうなのだが、愛情というものには強い刺激が必要とい
うことなのだ。常に刺激が会ってこそ愛情というものは確認され、強くなり、
深まるものかも知れない。だから、嫉妬心は人の心の大きな刺激でもある。
よくある例だが、結婚するまではお化粧をちゃんとしていたが、結婚が成立
すると、もうお化粧どころか身だしなみまで適当になる人がいる。これは、
競争相手が慰安句なってしまうと、もう美の競争をしなくてもいいことから
起こる怠惰なのだ。問題は嫉妬心が起こったときの対処の方法と方向性の問
題が大きいといえる。

何故嫉妬心と憎悪が結びついたかということなのである。本来ならば、嫉妬
心が憎悪と一緒になるということはなかったのではないかと思う。憎悪とい
うのは、相手の存在を否定する気持ちである。もっといえば抹消してリセッ
トしたい気持ちである。これが相手を消すことー殺人へとつながるのである。
嫉妬心は相手の気持ちの方向性を自分に向けたいということであって、何も
相手を消すということではなかったはずである。それがどういうわけかすり
替わってしまっている。自分の好きな人の気持ちの方向性を奪った相手に対
して、どうすればその心の方向性を変えさせることができるかという戦いの
はずなのに、「消せば、相手の心がこちらに戻ってくる」と錯覚してしまっ
たことなのだ。
ここに人間の心に救う悪魔のトリックがあるのだ。それに負けてはならない。

占い一言居士:
改名ということを考えてみると、自分を変えたいという強い願望が根底にあ
るということがわかる。実はそれは素晴らしいことなのだ。何故かというと、
自分に対するどこまでも挑戦する気持ちがそこにはあるからだ。その気持ち
がエネルギーになって新しい何かが生まれるのだ。問題は自分を変えるその
方法がはっきりとしなかっただけなのだ。名前に隠された不思議な暗号が自
分をリードしていることがわかれば、その暗号を解読すればいいことになる。

07年5月5日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言−日々に過ぎゆくさま、予て思ひつるには似ず。
---吉田兼好(歌人・随筆家)---

人生はイレギュラーバウンドの連続ともいえる。だいたい「侭にならない」
というのが当たり前だ。思うとおりに人生を生きることができれば、「警察
なんかいらねーや!」と啖呵を切る人の気持ちもわからないではない。1日
でも1ヶ月でも、いろいろと予期せぬ変化がある。ましてや1年は激動とい
う言葉は言いすぎではないのだ。それを面白いととらえられる人と、それに
振り回される人がいるというのも事実だ。

徳川家康公の遺訓に「人の一生は、重き荷を負うて遠き道をゆくがごとし。
いそぐべからず。」「不自由を常と思えば不足なし」というのがある。家康
公の生まれ育った岡崎城に行ったときに「この人何を言っているのか?」と
昔はその真意がわからないで、「ふーん!」と読んでいたようなところがあ
る。手探りで歩んできた人生のまだ半ばではあるが、少しは意味がわかるよ
うな気がしてきた。戦国の乱世は、「侭ならぬ!」ことばかりではなかった
かと思う!

「想定内」という言葉がちょっと前に流行ったことがある。これは傲慢な言
葉だとその当時思ったものだ。世の中「自分の想定内」で収まる事なんてほ
とんどないはずなのに、「この人は何でそんなことがいえるのだろう」と考
えていた。イレギュラーの事件がおこるのは日常茶判事なはずである。問題
はそれに対する対処の仕方である。それが、次への布石になっていく。その
ことを考えないで対応すれば、明日へはつながっていかない。無理は結局、
破綻につながるのである。この「想定内」の人物は今は「想定外」の裁判に
かけられている。

上杉謙信という人は、どこかで徳川家康と似ているのだ。何がというと、仏
道に帰依した特異の武将上杉謙信は、「義」の人であった。一方徳川家康は
どこまでも政治的な人であった。この二人のどこに接点があるのか?一人は
仏道に根ざした「義」による治国平天下である。一人は、この地上の浄土を
目指して戦乱の世に終止符を打とうとした点にある。二人には誰よりも「公」
の精神が、その動機として強かったということなのである。もう一つは、侭
ならぬ「イレギュラー」の事件を一つ一つ処理をしていったその政治手腕に
ある。上杉家にとってのイレギュラーは、謙信その人が死んでしまったこと
である。結果論的には家康公が天下を取ったのであるが、そこには時代の意
志が働いたと見た方がいいのである。できればどんなイレギュラーにも対応
できるようになりたいものだ。

占い一言居士:
命名というのは、とってもしんどい作業で、この地上に一人の子供を産み落
とす作業に似ている。それでも、命名を依頼された方から「ありがとうメー
ル」が届くと、全ての苦労が「喜び」に変わるから不思議なものだ。そして
次への力も湧いてくる

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