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格言日記52

日記風の格言

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08年5月27日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言-自分を変えたいと思うならば、自己の内面ではなく、むしろ環境に目を向ける
べきなのです。
---河野哲也(立教大学教授)---

環境によって変わるというのは、ひとつの選択肢である。しかしである。
環境を変えれば物事が全部変わるような発想は、ちょっとどうかと思う
のである。自然界は環境に適応して自分の姿形を変えて生き延びている。
人間も同じで、環境はとても重要になる。その環境をどう料理するかと
いうのが人間に与えられた特権ではないかと思うが、どうでしょうか?

環境というのは、もう少し突っ込んでみれば自分の意識の反映というこ
ともできる。人間の意識活動の結果としての環境が設定されてきたので
あるから、この環境さえ変えれば全てが変わるという考えはどうかとい
うことになる。それでも環境は大切だ。机の位置を変えただけなど、少
しの変化をしてみただけで、心が変わるというのは実際にあることだ。
そういうところから、風水などというものも出てくる土壌を人はもって
いる。

恐竜絶滅の原因は、「巨大隕石の衝突による地球規模の大火災で生態系
が破壊され、衝突後に生じた塵埃が大気中に舞うことで日光を遮断する
ことで起きた急速な寒冷化が絶滅の原因とみる説が有力である。」とい
うことらしい。すると恐竜は環境に適応できなくなってしまって、絶滅
したことになる。と思いきやそうではないらしい。既に変化の準備がな
されていたのだ。鳥類というのは、絶滅したはずの恐竜の発展した姿な
のだというのである。頭が小さくてわからないが、そういえば鳥は近く
に寄ってみると、その顔は恐ろしい顔をしている。恐竜も次の段階への
発展の一段階ということなのだろう!

企業でいえば、経済環境で企業体質が変わったというのではなく、だい
たいが企業理念や価値観を変換させて、それから環境に対応できるよう
に変革をするのだ。環境というのはひとつの刺激かも知れないが、決し
て決定要因にはならない。それよりも人の意識の変革が行われて、適応
能力が甦るようになるということだ。当たり前のようなことだが、人は
環境の性にして逃げたくなるものだ。だから、自分を変えたいと思うな
らば、先ずは自分の持つ価値観や理念を再点検すべきである。そういう
マインドがしっかりとしてくると、変革ということが自分の中で手応え
が出てくるようになるのだ。自分のもつ理念をチェックして見れば、変
革の何かが分かるようになる。

占い一言居士:
占うというのは、自分が何かを決めかねているときには、凄く効果を発
揮する。但し、これには条件がある。「運を天に任せる」ことであるか
ら、「人事を尽くしている」ということが大切なのである。そして、天
命だと思って素直に実行する。そうすれば、方向性がしっかりと見えて
くるようになるのだ。そうすれば、自分で舵を取ることができるように
なる。

08年5月24日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言-私は二種類の男だけが好きだ。国産と外国産のとだ。
---メイ・ウェスト(アメリカの女優)---

ものには言い方がある。「シウマイ」と聞けば、すぐに中華料理の食べ
物を想像する人が多いと思う。でも中には、「詩ウマイ」ととる人もい
る。また別の人は「シー、ウマイ」ととる人もいる。その他には、お終
いの意味で「シウマイ」ととってしまう人もいる。等々思いもつかない
とらえ方を人間というものはするらしい。それがわかっていないと、い
つも想定外の境遇にさらされることになる。

人がどう思うかということを想定するというのは、なかなか辛いものだ。
相手のことを考えすぎれば、自分がなくなってしまうような気がするし、
または周りの空気を読めないということになると、これも気まずいこと
になる。そこで、どうすればいいのかということになる。そこが表現力
というものだろう!子供に「ダメだ」ということを伝えることにすると
しよう。「ここはもっとこうすべきだったな~」とか、「こんなことは
考えられなかったのかな~」とか、「もっと別の方法はないか?」など
と言い回しを工夫すれば、結局これは、肯定的な否定ということになり
ますから、相手は、否定されたとは思わないわけです。

日本には「察する」という文化があります。たぶん欧米は「表現しなけ
ればわからない」と思っている文化なのでしょう!だから、欧米では表
現力のない人は、「少し考えが足りない人」と思われてしまうのです。
自分のことをちゃんと主張したり表現してこそ一人前と思っているので
す。日本はそうではなくて、「黙って相手のことがわかるようになり、
行動する」それが大人だと思っているのです。表現することに慣れてい
なくて、察することを自然に教育されてきた日本人は、どんな空気かが
ちゃんとわかるということです。空気が読めない日本人というのは、欧
米人のように表現の訓練も良くできていなくて、察することもできない
という「中途半端な人間」ができてしまっているのです。欧米では早口
でよくしゃべる奴は頭がいいと思われているそうです。

日本人はストレートに表現する人はあまり利口な人とは思っていないよ
うです。日本で表現するというのは、相手が「察することができるよう
に」そんな比喩や喩えなどを使った表現というのが「良い言い回し」と
されます。要するに言い回しなのですから、ことばの廻し方ということ
になるのです。単なる表現の仕方とは違います。わかりやすく表現する
というよりも、「これで察しなさい」察することができないような人で
はないですね!といっているのです。女性から「あなたは博愛主義者ね!
」っていわれたら、さて何を「察する」のでしょう!

占い一言居士:
相性というのは難しくて、自分の心が満足するということだけではなく
て、性格的にぶつからないということも重要なこのになります。離婚の
ほとんどが性格の不一致、価値観の相違などというデータが示すように、
結婚してからの方が性格のやりとりや考え方のやりとりが大切になりま
す。相性というのは凸と凹のようなものに違いない。

08年5月20日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言-客に接するには独り処るが如く、独り処るは客に接するがごとし。
---釈宗演(臨済宗の僧侶)---

釈宗演は日本人として始めて禅を世界に紹介した人でもある。この時の
通訳が鈴木大拙である。禅は深すぎてよくわからないところが多いが、
それでもこの釈宗演のいわんとするところは何となくわかるような気も
する。この何となくわかるようなというところがもどかしいのだ。そう
いう曖昧さをことばで表すことが難しいからこそ、禅というものの深さ
もあろうかというものだ。

日本人にはこの禅が何となく合っているような気もする。もちろん仏教
の目指すところは宗派を問わず「涅槃」の境地だ。この世界にどうやっ
てたどり着くかというところに「道程」の違いがそれぞれある。革命的
であったのは浄土真宗である。それまでの僧侶は妻帯しないことになっ
ている。それは女犯の罪を犯すことになるからである。それを親鸞は非
僧非俗として、消し去ることのできない煩悩の苦しみは阿弥陀如来によ
ってしか救われないとして、妻帯をしたのである。今でこそ僧侶が妻帯
するのは当たり前だが、この親鸞の鎌倉時代はまさに革命的であったと
いって良い。

京都の広隆寺の弥勒菩薩半跏像は朝鮮半島の慶州博物館に同じような弥
勒仏がある。この当時の新羅と日本の関係が忍ばれるが、この弥勒仏は
マイトレーヤと呼ばれ、「友好的な、友情に厚い、慈悲深い」という意
味らしい。だから、このマイトレーヤは世を救う未来仏とされ、世の中
が乱れてくるとこのマイトレーヤ信仰が興ってくる。朝鮮半島で三国統
一を成し遂げた新羅には、このマイトレーヤの化身として貴族の子弟に
よる花郎(騎士、武士)があり、その高い信仰心と道徳、教養、訓練さ
れた武力が弥勒の化身としての使命感となって、三国統一の原動力とな
ったのである。

その弥勒が日本に伝えられたということは、日本の国を仏国土にしよう
とする大きな理想があったに違いない。弥勒はこの地上に釈尊滅後56
億7千万年後に現れるといわれている。だからこそ、その時が今である
という考えがある。常に末法が現代ということである。そういう社会風
潮が出てきて、世が乱れてくると、弥勒による救いを人々は求めるよう
になるのだ。一方で、弥勒は個人にとっても無明煩悩からの解脱を導い
てくれる最後の仏ということになる。救いはマイトレーヤによってもた
らされるというわけだが、その前に「独り処るが如く」の境地にはなっ
ていたいと思う。今でいえば、臨在感だ。マイトレーヤと共にある臨在
感がでればいい。尊敬する空海はこの弥勒との臨在感を感じていた独り
に違いないと思う。

占い一言居士:
改名すれば、全てが解決するわけではない。改名がスタートになる。と
いうことは、改名した時点で自分が新しくこの地上に誕生したと考えれ
ばいい。生まれたわけだから、真っ白な自分を新しいカラーで染めるわ
けである。その積み重ねで自己の創造ということが可能になる。花嫁が
白無垢を着て嫁ぐような感じである。

08年5月17日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言-嬉しきこと有らむ人、紫苑を殖えて常に見るべし。憂え有らむ人は、
萱草を殖えて常に見るべし。
---今昔物語(平安時代後期の説話集)---

紫苑というのは、秋に薄紫のきれいな一重の花を咲かせるキク科の多年
生の植物だ。「君を忘れず」「追憶」忘れたくない想いでよ、いつまで
も!というわけだ。だからこそ、楽しいことがあったとき、この紫苑の
花を見ていると、この想い出がずーと永遠に忘れないでいるに違いない
と思えるのだ。そして、この紫苑を見るたびに楽しい想い出がよみがえ
ってくるというのだ。

萱草は忘れ草といわれている。この萱草を前にながめていると、いろい
ろと思い悩んだ心の中のいやな出来事、悲しい出来事、苦しい出来事を
忘れることができると信じられているからだ。人には、そういう誰にも
いえない心の苦しみ、わかってもらえない心のもやというものがあるの
だ。そういう言葉にできない事柄もこの萱草を前にしていると、いつの
間にか萱草が心のもやを吸収してくれるようだ。その証拠にこの花は人
の心をくみ取って朝咲いて夕にはしぼんでしまうのだ。

中共(中国)では四川省で大地震、ミャンマーではサイクロンで壊滅的
な被害が出ている。世界ではまさに寝耳に水のような出来事が起こって
いるが、これらはほんの一握りなのかも知れない。被害が大きいからク
ローズアップされているだけなのだろう!でも、このような大規模な自
然災害も、実は裏を返せば人災といえる。または政治の罪だ。特に政治
のチェック機能が働かない国ではそういうことが起こる。為政者の「徳」
が全くない国といえる。日頃人民の為に心を砕いていれば、こういう大
きな自然災害もその被害をもう少し押さえられたはずだ。金と物はよこ
せ!人は入るな!ではヤクザか泥棒と同じではないか?

こんな話がある。仲の良い兄弟の母親が亡くなった。お墓参りを欠かさ
なかった。しかし、兄の方は仕事の都合で毎日墓参りをすることができ
なくなった。そしてその悲しみを忘れようと「萱草」を墓前に植えた。
弟は、母を忘れまいと紫苑(ワスレヌクサ)を植えた。人の心の中には、
この紫苑と萱草が共に咲いているのかも知れない。時には紫苑を!時に
は萱草を!それぞれに心の花を思い出せば、生きる力がわいてくるので
はないか?昔の人は、そのように心の遊びを知っていて、次の生きる視
点を見いだしたのではないかと思う。自然災害やどうにならない理不尽
な出来事が多い社会で、現代人こそ、こういう紫苑と萱草をながめる知
恵を身につけるしかないのではないか?これもこの世の無常なのかも知
れない。

占い一言居士:
命名の中で最近は個性的な名前が多くなってきた。もちろん名前という
のも流行がある。だからその流行の名前をつけることがその時代に生き
残る知恵なのかも知れないが、だんだん個性は埋没する。するとまた新
たな個性を持った名前が登場する。しかし、運命式が示す個人の生き方
は個性的な名前と関わりなく変わらない。

08年5月14日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言-本当の強者は弱点を隠さない。
---曽野綾子(作家)---

強者と弱者という違いは、その立場や条件によって異なってくる。だか
ら、今は強者でも時が経てば弱者になるかも知れない。そんなものだ。
だから、何が驕奢であって弱者になるかを判断するのは容易ではない。
政治的な弱者がいても、何らかの手段で彼らが権力を握れば、彼らは強
者に変わる。その反対もあり得る。

ホリエモン現象がいい例である。彼がもてはやされたときは彼は明らか
に強者であった。しかし彼が法の裁きを受けるようになった今、ホリエ
モンは社会的にはただの敗戦処理の人間に過ぎない。と思われている。
時代は移り変わっている。その時代の波に乗っているときだけが強者で
あって、その波から外れてしまえば何でもなくなる。ホリエモンは去っ
てライブドアは残ったのだ。

ならば英雄というのは何だろうかということになるが、これも実は時代
と深く関係がある。というよりは思想と同じだ。その時代に生まれた思
想というのは、その時代の社会的な問題を解決するために、価値観とし
てまたは解決の方法を提示する知恵として現れた。だから、普通はその
時代の要求が過ぎ去ってしまえばその思想の価値はなくなるのである。
英雄もこれとよく似ている。英雄の場合は実行力が伴っているというこ
となのだ。そして権力を具体的に構築したということだ。その権力が時
代の要求に合わなくなれば、社会とその権力は桎梏化する。

楽な生き方というのがある。それは、権力などは手に入れようとしない
ことである。かといって権力に反発するかというとそうでもない。実体
の思想みたいなものである隠者がそうだ。そういう生き方も実は強者な
のかも知れないが、現代では、やっぱりオープンに生きるというのが楽
な生き方である。どうせ時が経てば真実は露見するのだから、オープン
がいいではないか?貧乏は貧乏であることを隠さないで、それなりの生
活をする。何も希望をすてろというのではない。自分を隠さない生活を
するということだ。最初は苦しいかも知れないが、お百度参りくらいの
期間続けていれば、周囲はレッテルを貼ってくれる。あとはそのレッテ
ルが御印籠の働きをする。スピリットは楽になるはずだ。

占い一言居士:
占いの中でも、家についてはおもしろい占いといえる。それは家が人間
の住み易さを追求して、そこに当時の考え方価値観がプラスされて家の
相という占いが誕生したからだ。だから、迷信のようで迷信ではないと
ころがあるのが家相という占いだ。人の名前もその人の象徴といえる。
その人自身は宇宙の象徴体でもあるから、名前というのは実は宇宙の法
則と関係があるということがいえる。

08年5月13日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
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格言-物事が実行にうつされたら最後、迅速に匹敵する秘密保持はない。
---ベーコン(イギリスの政治家)---

迅速というのは、「非常に早い」ということなのだから、本当に早いの
だろうが、この迅速に処理するというのがことばだけで、実際に迅速で
あったというのはどのくらいだろうかということである。軍隊では「命
令は単純に、行動は迅速に」というのが鉄則である。これは命に関わる
ことだからである。命令というのは判断をする材料ではないから、それ
を忠実に実行することのみが求められている。

これに対して「果敢」というのがある。「決断力に富み、物事を思いき
ってするさま」をいうのであるが、迅速の中に果敢ということが必要に
なるということだろう!ところが、最近はその果敢がなくなっている。
多くいるのは「指示待ち族」といわれる事なかれ主義の奴らばかりだ。
こういうのがいては日本は発展しなくなってしまう。どうしてこんな
「指示待ち族」が生まれてきたのだろうか?

学校教育、家庭教育、自分がやっていいこと、人がやるべきこと、クラ
スの中での責任と分担などあらゆるものが境界線が明確ではなくなって
しまってきたことである。上級生と下級生、それぞれが役割と責任を担
っていた暗黙の了解があった。そういうものを大人が壊してしまったの
ではないかと思う。学校崩壊の原因も父兄が学校に口出ししすぎるから
だ。それでも父兄が口を出さなければ子供を守れない状況を出現させて
しまった先生は、日教組によって創り出されてきた。今はその罰を先生
が受けているのだと考えれば、天は公平といえる。

昔、役場に「すぐやる課」というのができたことがある。住民の声に迅
速に対応する機動力ある部署だ。スピード化が叫ばれる現代だが、スピ
ードで問題は解決しない。スピードでどんどん新しいものに変わってい
けば、良いものも置いてけぼりを食ってしまう。迅速とスピードは違う。
迅速には目的と方向性と価値観がはっきりとある。しかし、スピードに
はその方向性や道筋など不透明な不安材料が多い。スピードに向かって
走るには暴走族的な勇気がいることになる。迅速に対応できない人は結
局競争に負けることになる。

占い一言居士:
相性というのは、相対(あいたい)性ということである。相対(あいた
い)性というのは、お互いに共通の意志や内容備えていることを意味す
る。それだけでは相性というのは成立しないのだ。何が必要かというと、
引力である。引力が足りなければ相性は成り立たない。相手に対して引
っ張る力というものが必要なのだ。この引力の反動が遠心力になる。
「想えば、想われる」ような行動をとるのが真実だ。

08年5月11日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
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格言-月も雲間のなきは、いやに候。
---村田珠光(室町時代の茶匠)---

茶道の祖といわれる村田珠光のことばだが、どこか楽しげに感じる。僧
侶であったが、当時の舶来ものをありがたがる茶の湯に反骨して、粗末
な茶道具による珠光の茶の湯を確立した。これが、わび茶につながると
して、利休からは開祖として扱われている。いつの時代でもそうだが、
権力におもねることを潔しとしない反骨漢がいるものである。豪奢に流
れるを横目で見ながら、あえて貧による精神を強調するというのは、そ
の辺が楽しいものなのだ。

それ自体完成したものは、何もおもしろくない。だから美人を見ている
と何だかだんだん飽きてくるものだ。といって、美人を見ていられるほ
ど余裕があっているわけではない。ましてや美人が相手にしてくれるか
というとその反対だ。だからやっかみでいうわけではないが、お人形さ
んを何時か飽きてしまうのとよく似ている。とどまる美しさは本物では
ないのだ。

村田珠光が僧侶だからというわけではないと思うが、そこには変化する
命への慈しみがある。常に変わり続けていることへの敬意があると思う。
だから途上を見るというのは楽しいものなのだ。赤ちゃんが可愛く思え
るのもそれに似ている。常に成長著しい姿が魅力的に映るのである。爺
は老いる楽しさがあるというよりは、その変化は衰退だから哀れになる
ということだ。そこに、珠光が僧侶たる由縁がある。諸行無常だ。

雲間に揺らぐ月というものは、「明鏡止水」というわけにはいかないの
だ。人の心や精神は、いつもこの月のように揺れているということだ。
それが実態に即している。そのことを価値視しているのだ。人の美しさ
というのは、このように変化する可能性を内面に秘めているということ
の方が楽しげなのだ。完成して止まったものは既に死に体ということで
ある。生きているということはそういう指向性を持った揺らぎなのだと
思う。そこに楽しさを見いだす。

占い一言居士:
改名ということは、自分らしさを見つけるということでもある。「これ
が自分だ」と思える世界が表現されているブランドということだ。そう
いう意味では「oneself」の確立ということだろうか?実は改名が
「oneself」の確立につながるということなのだ。内在する自己の変革
へのエネルギーが、自分自身の改名へとつながっている。


天使の占い・遠山球希

天使の占い(陽陰姓名術協会)について

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