命名・相性占い・改名・結婚はあなたの事を考えてアドバイスをします。

命名は赤ちゃんの一生を左右します。両親や家族との相性バランスが運命を大きく決定します。バランスの良い命名によって赤ちゃんの運勢を良くし、親子の相性までも考えた命名方法を紹介します。バランスの良い改名によって本人の運勢を良くし、親子の相性までも考えた改名法を紹介します。
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赤ちゃんの命名 姓名判断
 

08年6月27日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言−頭が動けば尾も動く。
---ことわざ---

率先垂範という言葉がある。「先頭に立って模範を示す」ということが
その意味なのであるが、先頭に立って模範を示すことが何故大切なので
しょうか?別にそんなことをしなくてもいいではないでしょうか?先頭
に立つ意味は何でしょうか?この言葉が言われる意味は、「模範を示せ
ば人がついてくるよ!」ということをいっているし、反対に模範を示さ
なければ人はついてこないよ!ということでもある。

前提に組織とかグループを指導するという、指導者ということが意識と
してある。ということは指導する人と指導される人がいるということに
なり、その指導する人がいつの間にか支配する人になり、支配される人
がいるということである。これって何となく不自然なような気がする。
それでも良いという人もいるのでしょうが、それに人それぞれ住んでい
る世界が違うからということもあるが、気に入らないのである。

浄土真宗が何故人々に受け入れられたのか?そのことを考えてみようと
思う。身分制度や血筋ということが大きな力を持っていた時代に、仏の
前平等をうたい、実際に「講」という制度で身分の隔たりをとってしま
い、相互扶助のシステムを作り上げたことが大きな原因ではないかと思
う。蓮如がそれをやって見せた。それは現状の不満をうまく吸収し、そ
れから次に新しい世界を実現できるように見せてあげたからなのだろう
と思う。そういう希望が見えていたからだということだ。その証拠に、
世の中が平和になり不満が吸収されて、教団が体制に組み込まれていく
と、一向宗の一揆の力は急速の衰えていく。

率先垂範に必要なことは、人の主体性を尊重し、人に対する深い想い、
それを愛情ということもいえるのだが、人に対する思いやりが相当なけ
れば、率先垂範は嫌みになってしまう。突き詰めていくと、人間性のレ
ベルがある程度以上にならないと、そういう模範的な姿勢が理解される
ことはないだろうということになる。日本という国は、単一民族だから
こそそういうモデルになり得たといえる。しかし、レベル差があって当
たり前、格差当然のアメリカなどのシステムが導入されることにより、
日本も率先垂範が嫌みな姿に変わってしまいつつある。そこには人に対
する想いが失われているからである。

占い一言居士:
改名の相談にはその人のエネルギーを感じる。そのエネルギーがあるか
ら道があると考えていい。どんな状況におかれていても、そこに覇気が
あるからこそ、未来があるというものだ。改名相談には、改名しなくて
もそのエネルギーの方向性だけをちょっと変えてやればいい人だってい
るのだ。それを教えてあげればすむ。その反対にしっかりと改名して自
分造りの出発をした方がいい人もいる。嬉しいのはそういう覇気のある
人がいることである。

08年6月26日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言−信念のこもってない言葉には力がない。
---伊東明(心理学者)---

言葉について考えれば、その言葉に説得力があるかどうかが大きな問題
になる。ヨハネの福音書に次のように書かれている。「初めに言があっ
た。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあ
った」とある。次に「すべてのものは、これによってできた。できたも
ののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。 この言に命が
あった。そしてこの命は人の光であった」と続いている。

福音というのは、エヴァンゲリオンと書き、「良い知らせ」を意味する。
もとは古代ギリシャにおいて、アケメネス朝ペルシャ帝国の遠征軍をギ
リシャ連合軍がマラトンで戦い勝利を治めて、この時の戦勝報告をひと
りの兵士が走って持ち帰り息絶えたという話がある。このような戦勝報
告などの良い知らせを「福音」といったのである。

よく健康食品の販売などで、体験談というのが語られる。またはネット
上ではそういう書き込みも沢山ある。体験談というのは、それは自分の
経験した内容を言葉に表現したものである。だから、その言葉には経験
に裏打ちされた強さがある。でも、だまされてはいけないのだ。それは
その人の個人だけに通用したものかも知れないのだ。ユニバーサルであ
るということは、先ずありえない。その人にとっていいことは必ずしも
自分にとって有効とは限らないからだ。だから体験談も盲信してはなら
ないのだ。それなら、理論や説明はどうかというと、これも「宣伝」と
いう広告が入っているから、どこかにトリックがある。ダイエットなん
ていうのはそういう言葉のトリックの典型だ。

世の中に、信じられる言葉はどのくらいあるのだろうか?この福音とい
うことを自分流にしてみよう!「最初に言葉があった。その言葉は自分
の中ににあったものだ。その言葉があらゆるものに影響した。この言葉
には自分の命が込められていた。それは光のように周りを照らした」要
するに自分の言葉には自分の命の力があるということなのである。自分
の中にない借り物の言葉には、命の力はないということでもある。だか
ら相手にとって自分の言葉が福音になるためには、自分の言葉で語らな
ければならないということがいえる。ここで忘れてはいけないことがあ
る。それは、その言葉「福音」を心待ちにしている相手がいたというこ
とだ。

占い一言居士:
命名というものがどのくらい影響があるかといえば、人はただ何となく
人生かな?と思う。企業の場合は、創業の動機がそこには隠されている。
個人の命名ではそこに誕生の物語がある。命名に込められた想いがある。
その想いが伝達されていなければ、いつの日か命名の理想も消え去って
しまい、道を踏み外すことにもなりかねない。命名には成って欲しい目
的があるからだ。

08年6月24日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
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格言−友と敵がいなくてはならぬ。友は忠言を、敵は警告を与う。
---ソクラテス(古代ギリシャの哲学者)---

人が集まれば友もできるし、友ができればその友の集まりが派閥になり、
その敵対勢力もできる。だから、人が集まって、全部仲良くなどという
ものはありえない話である。全部仲良くというのは、幻想にしか過ぎな
い。どこかで不満を膨らませている人間が必ずいるものだ。だから、時
が過ぎて組織の体制が変わり人模様が変わってくると、全部がまとまっ
て仲がよかったなどというものは真実でなかったことがわかってくる。

日本人は変な民族で、聖徳太子の「和をもって尊しとすべし」がいつの
間にか心の憲法のようになって、全員が和でなければ罪のような錯覚に
陥っている。全くおかしな話である。ちょっと別の言い方をしてみると、
会社の会議で商品開発の会議をもったとすると、全員が賛成などとした
らそれはおかしいと思うでしょう!いや反対の意見の人もいるではない
ですか?と考えるのが正常である。だから、全員が賛成する「和」とい
うものはないのである。味方もいれば敵もいる。それが本当だ。そこで
どんな人との関わりをつくるかが実力となる。

政党の派閥や会社の派閥など人の集まりには、そういういろいろな閥が
おのずとできるようになる。派閥を単なる善と悪という単純な分け方に
してしまうと、本当のところがわからなくなってしまう。単なる利害だ
けでもわからなくなる。純粋に政策集団なのかというとそうでもない。
実はそれが人間的だということである。人の心の世界は実に多様な世界
をもっている。その多様な世界が不思議なバランスで成り立っているの
も事実だ。よく派閥を「村」に例えられるが、それはこの人間くささを
よく物語っている。村を出て都会へあこがれる若者がいるが、それはあ
まりに濃密な人のつながりに嫌気がさしてのことだ。その反対のUター
ン組もいる。

ここでイエスのあまりに有名なことばを思い出す。「汝の敵を愛せよ!」
である。これは、ちょっと視点を変えれば、自分の敵と思っている人か
ら学ばなければならないことは沢山あるよということなのだ。自分に真
剣にぶつかってくる相手であればこそ、そこに真実も隠されている。味
方の顔をして真剣に考えてない奴は結局不真実ということなのである。
武田信玄が病に没するときの遺言にいざというときにライバルであった
上杉謙信に頼れと言い残したのも、それだけの意味があるからだ。敵を
学ぶこと、敵のことばに耳をすませば、自分がしっかりとわかるように
なる。昔から良きリーダーは苦言に耳を傾けるというではないか!

占い一言居士:
今日の占い等というものが毎朝テレビでやっている。ぜんぜん意味がな
いかというとそうでもない。ラッキーと思って出発すると、既に出発の
ベースが違っているということだ。最悪の結果になっているときには、
それを自分がどんな風に受け止めるかということになる。これは警告だ
から、戒めにしようと思えば、そこに自然に価値が生まれる。もちろん
この手の占いというのは心理的な効果だけなのだが、占いの本質はあた
っている。本格的な占いも出発のベースを整えるということは同じだか
らである。

08年6月20日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
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格言−人間の目的は、生まれた本人が、本人自身に作ったものでなければならない。
---夏目漱石(作家)---

人間という社会は、日本の歴史でさえも庶民が自由を得るための戦いで
あったといえる。完全なる自由な社会などというものは存在しないと思
うが、社会という制約の中から自分自身の自由を勝ち取るための歩こそ
が今まであったと思う。自由というものがあればこそ、人は人らしく、
自分が自分らしく創造できるからである。そんな時代は、長い歴史の中
でやっと近年になってからのことである。

人が集まれば社会という組織ができるのは当たり前だ。その社会が実は
自由を奪うことになった。権力者による人の支配である。古代は貴族に
よるほんの一部の人間が大多数の人々を支配する社会から始まった。そ
して、その社会の恒久化を謀ってきたのもそういう貴族であった。そこ
硬直した社会構造を打破して自分たちの自由を少しでも得たいと、武士
が出現してくる。その武士もやはり貴族とのつながりなくしてはやって
いけなかった。長い間すり込まれた血統主義が人々の心の中に住み着い
ていたからである。

今にして思うのであるが、室町幕府の第8代将軍の足利義政は偉い人だ
と思えるようになった。それまで自由という世界は高級武士社会まで拡
大されていたが、本当に庶民にまで広がるには至らなかった。しかし、
足利義政公が応仁の乱をつくってくれたお陰で、権力構造へ庶民が参加
できる足がかりをつくってくれたのだ。骨皮道賢・・歴史の表舞台に初
めて登場する足軽である。そして下克上!既存の価値と権威が崩壊し、
新しい力が芽生え始めたのだ。秀吉はその象徴だ。庶民にも権力への参
加できる道が見え始めたといってよい。だから、下克上万歳だ。

人生の目的は何かなどと考えられるような贅沢な時代になったのは、ほ
んの最近のことだ。自分が自分の生き方と目的を考えられる。それは凄
いということなのだ。その辺の歴史的なベースを忘れて、馬鹿のひとつ
覚えの自由を叫ぶ「ヴァカ者」は室町以前の社会に戻ればいいのだ。人
が自由への戦いをどんな想いでしてきたかがわかるというものだ。そう
いえば、(事業を興して)起業してよかったという人の感想には、本当
の自由を手に入れることができた。それが一番だというものが多かった
ということだ。

占い一言居士:
相性占いで相手を見ていると、その人のアプローチが見えてくる。うま
くいかないケースは相手の受容できる世界と反対のことばかりやってい
ることが多いのだ。何を受け入れられるかということがわかってなくて
結果的に押しつけていることが多い。単純なことなのに、何年もそのこ
とで失敗している。相手の情報はいっぱい知っておくべきなのに・・・。
ちょっとしたアプローチで全てが変わるのにね!

08年6月19日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
日頃の思うままを格言に託して、風のようにひょうひょうと、ちょっと為になる格言日記になれば・・・。

格言−寄らば大樹の陰などという発想では変化の時代には生き残れない。
---関島康雄(3Dラーニング・アソシエイツ代表)---

「寄らば大樹の陰」身を寄せるならば、勢力の大きな物に頼る方がよい
という大意なのだが、公務員指向が多いというのもこれと同じで、誰し
も安心して人生を送りたいと思うのは当然である。だから、大企業と公
務員指向になるのは当然である。でも、それじゃ面白くないという人も
いる。中にはベンチャーで頑張ろうかなという人もいる。そういう世の
中の様々な人々がいる中で、気がつくと大樹の陰に身を潜めていたくな
るときだってあるに違いない。

勝ち馬に乗るということだって同じである。勢いのあるところにとりあ
えず合流すれば、何となく身の安全は保たれそうだからである。どのみ
ち大樹の影はついてまわるのだから、大樹に寄り添った方が賢い生き方
なのではないだろうかと思う。どうせ戦うならば、大樹の中での戦いな
らば生き残り出世する道も可能性が大きくなる。効率的な戦いというこ
とであればそういう選択の方が賢いことになる。一流大学を目指すとい
うことも同じように安泰の道と可能性を選択したいからなのだ。

平和というのは、「戦争でない状態ということ」を意味するのであるか
ら、戦闘行為をしていなければ平和であるということがいえる。だから
例え問題があっても話し合いや駆け引きが水面下で行われていれば、平
和なのである。これがほぼ中東で繰り返されている現実だ。それは、彼
らの教典に表されている。兄弟は常に親の祝福(相続権)を求めて争う
のが当たり前だからだ。アダムの息子のケインとアベルはそのことで殺
人を犯してしまう。ユダヤとアラブの共通の先祖であるアブラハムの息
子も争った。これは母親達を巻き込んでアラブの先祖であるイスマエル
は砂漠へ追放された。ユダヤの先祖であるアイザックの息子達も争った。
歴史的にそうだ。平和というのは戦争でないということだけで、争いは
常にあるのだ。仲良くするということは別の話だ。

寄らば大樹というのは、大樹のもとで競争をしているということと考え
た方がいい。大樹以外で競争しても、大樹を倒さない限り、ずっと日陰
で成長できないということになる。だからどうせ競争するなら大樹のも
とで競争し、その大樹を乗っ取ってしまえばいいのだ。実力を蓄えて成
長してきた織田信長の戦略がこれだ。足利将軍家をうまく利用した。信
長の功績は足利将軍を追放したことで次の時代が見えてくるようになっ
たということだ。寄らば大樹は平和な状態にすぎない。寄らば大樹で仲
良くというのは、東洋的な考えだと思う。西欧的な考えはやっぱりケイ
ンとアベルだ。どちらかが屈服するしかない。

占い一言居士:
「かいめい」を変換してみると、改名、解明、開命、階名、開明、会名、
戒名と出てくる。それぞれにいろいろな意味を考えさせられる。「改名」
という名を改めることが、自分を解く解明につながり、それは命を開く
ことにもなり、未来を明るくすることにもなり、自分を戒めることにも
つながるのである。ちょっとした勇気を出して改名してみれば、新しい
自分が見えてくる。何と素晴らしいことではないか!

08年6月17日
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格言−治そうと思う者は、もう、なかば治っている。
---セネカ(ローマの哲学者)---

治そうと思う者は既に治っているという発想は、どこか真宗と似ている
ような気がする。「念仏を唱える信心があれば既に救われている」とい
う絶対他力の思想である。阿弥陀仏の本願により救いの手はさしのべら
れている。あとは人間側の信心のみであるということである。絶対他力
は救いの主体が人間ではなく阿弥陀仏であるとしているところである。
この辺はキリスト教と実によく似ている。

プラシーボ効果というのがある。これはよく薬の治験に使われる手法で
あるが、プラシーボというのは、偽薬ということであり、この偽薬を処
方された患者は、真薬と信じて疑わないで飲むことで、実際に測定でき
る効果を確かめることができるのである。そんなことがあるかというと、
そういうことは実際にあるので、医師が治療効果を上げるために患者に
よってはこの偽薬を処方することがある。精神面における効果も期待で
きるので、様々な意見があっても医療の現場では使われているというこ
とである。

「鰯の頭も信心から・・」というのは、これは人間の信じるというパワ
ーがどれほど大きいかということの証明である。信じてしまえば、どん
な艱難辛苦にも耐えられる力が出てくるから不思議である。信じるとい
うのはエネルギーの源といってもいいくらいである。だから、如何に人
に信じられるかということが重要であるかというのは、相手の力を引き
出す源はこの信じる心だからである。そういうことからすると、正しい
宗教というのは人の心の力を引き出す大きなアイテムと考えられないで
もない。

現代社会は、自分を信じられない人が多いような気がする。自分を信じ
てないのだから、その人は力がでるはずがない。何故ならば、心は信じ
るという動機を持っていてこそ、そのパワーを発揮できるようなシステ
ムになっているらしいからである。「信ぜよ、さらば救われん」という
のは、満更でもないというわけだ。ただこの信じられない世の中でどう
したら信じられるようになるかということの方が問題だ。現代社会で、
人は誰かを信じたいと皆思っている。わからないのは、どうやったら信
じられるようになるかという方法論なのだ。それは、人間の側でも、神
様や仏様と同じで信じられる主体として確立した人の存在が必要になる
ということだ。それこそ、家族がそれにあたる。だから、家族を信じよ
うと思う人は、既に信じられているのだ。これをあなたは信じるか?

占い一言居士:
命名は生まれてくる赤ちゃんがこの世で初めて関わりを持つ因を結ぶ
「架け橋」となる。その命名を曖昧にしては、この世との結びつきさえ
曖昧になってしまわないであろうか?命名の動機は大切である。しかし、
命名が人生を解く暗号であれば、命名から価値を見いだすことができる
はずだ。だから、命名の持っている意味はいずれその人にとって人生の
ミッションとなる。

08年6月16日
赤ちゃんの名前・改名・相性占い・姓名判断は名前鑑定の「天使の占い」。 遠山快空の
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格言−誰もあたしたちのことなんか見てやしないんだから。
---勝目梓(作家)---

見られていると思うと嬉しくなる人と、見られていると思うとかえって
緊張して何もできなくなってしまう人がいる。いわゆる自意識過剰の人
と自己顕示欲の塊の人がいるということだ。どちらがいいともいえない
のだが、たぶん根っこは同じものだと思う。根っこにあるものが一緒で
もそれが現れるときに、現れ方が異なるだけだということだ。

実は自分を意識しすぎているというよりは、人を意識しすぎているとい
うことにならないだろうか?人があって自分なのか?自分があって人な
のかということになる。そこら辺の自分の置き方をどうしているかとい
うことだ。日本人というのは、同一民族であるが故に神の眼ではなく人
の眼を中心にして生活を積み重ねてきた。だからこそ、共通の常識のよ
うな世界に「人様に迷惑をかけない」という価値基準がある。

ファッションにしても自分をアピールするということを何の気負いもな
く当然のように行う外国人を見ると羨ましくもある。そういう自分を表
現するということが「人と違ったらまずい!」という潜在意識が顔を出
すのだ。彼らを思えば自己表現しないと生きていけない社会がつくられ、
この国では人と違いすぎると生きていけない社会ができあがっている。
土俵が違っているだけでたぶん戦い方は同じような気がする。答えは自
分なのかも知れない。

人の眼という壁をどうやって越えるかということが問題になる。その戦
いの結果自意識過剰になってしまう人もいる。反対に自己顕示欲ばかり
が目立つ人にもなることがある。どちらも実は自分を見失った結果なの
だと思える。これは歴史的な民族の業みたいなものだ。禅が日本人に人
気なのはわかるような気がする。内観法だ。自分の内面を見つめること
で、人の眼の壁を越える道を見つけられるからだ。自意識過剰や自己顕
示欲を多くもっている人は、その分自分を見つける道も早くなる。

占い一言居士:
鮎は魚偏に占うと書く。その昔神功皇后が釣りをして占ったところ釣れ
た魚が鮎であったというところから名付けられたともいう。または鮎は
自分の縄張りを占有しているからこの字がつけられたともいう。その占
うという字は、卜と口からなる。古代では卜は亀の甲羅をやいてひび割
れの形で卜うのである。口は神への願文の入れ物であるから、意味とし
ては占いは「神意を問う」ということになる。だから、占いの結果を良
い意味で信じる人には、神が働くといえるのだ。

08年6月13日
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格言−人水を飲んで冷暖自知す。
---無門慧開(南宋の僧)---

経験というものが全てではないが、経験をしなければ、わかるというこ
とまではいかないことが多い。わかるというのは、感情から理性から体
感したことまで総合力である。だから、理性で理解したというのとでは、
わかるということがその内容において異なるといってもいい、と考える。
だから何事も自分でやってみて確かめないと、そのことに対する感動が
伴わない。伴わなければ、やっぱり力が入らない。そういうもんだ。

ただ世の中には全部体験するなんていうことはできる相談ではない。だ
からこそ、世の中には疑似体験というのがある。小説を読んだり、映画
を観たりなども疑似体験のひとつにはいるのだと思う。だから、大学時
代とかいうのは大切な時代なのだと思う。いろいろな意味で実験的な体
験をしかkりとできるからだ。それに、責任にしても致命的ではない。
アルバイトだからまあ許せるかというのがある。

でもね!犯罪の仲にには疑似体験から実体験をしてみたいという願望
み たいのがあって、それを実行する人がいる。それこそ、スリリングなの
だろうが、結果やってみてもっと困難な体験をしなければならないこと
がわかっていないということになる。疑似体験というのは想像性を膨ら
ませるにはいいことである。だけど、その想像性というのは様々な人の
煩悩も含んでいる。その煩悩に勝たなければ、結局は自分がわからなく
なるということになる。結果は煩悩という精神的な戦いに勝たなければ
ならないのだ。

ジョージ・ルーカスも若いときに様々な体験をしてきた。その体験を疑
似体験にしてしまったのが天才ルーカスだ。体験をベースに疑似体験で
きる作品を作り上げてしまったのだ。そこに体験が意味あるという生き
方ができる天才の価値がある。スターウォーズは小さな疑似体験の想像
性の集大成だ。偉大なところは、それをもう一度我々に疑似体験させて
くれたところである。実体験と疑似体験は実のところ相互の連関による
作用によって私たちを未来に運んでくれるファルコンに違いない。

占い一言居士:
相性占いを何故するのかというと、実のところ本当のところを知りたい
からだ。どこかで相手に不安を感じていたり、自分の心が偽っていない
のだろうかと自分自身に不安を感じていたりするからなのだ。そういう
ことからすると、相性占いで確かめようとするのも、「確かな何か」を
求めての偽らざる心の迷いなのかも知れない。

08年6月5日
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格言−高飛の鳥も美食に死す。深泉の魚も芳餌に死す。
---呉越春秋(呉越興亡の歴史書)---

獲物に釣られて死んでしまうのは嫌である。目的を達成していないから
だ。せめて目的を達成してからなら、たといそれが誘いの餌であっても
まだ許せる。何もなくて、美味しい餌を目の前にしながら死んでしまう
のは、これはこれでやりきれないといえる。まあそれほど人間の欲望と
いうのは際限のないものなのかも知れない。たぶん地球上の生物の中で
欲望という不思議な個性を持つに至ったのは人間だけなのだろう。

でもこの欲望というものは、切れ味の良い刀のようなものでもある。間
違えればその抜き身で自分をも傷つけてしまう可能性があるからだ。こ
の欲に目がくらむという話はいろいろとある。とんちで有名な一休さん
にも欲と知恵の掛け合い話がある。「殿様がご馳走を出してくれた。一
休さんは私ののどに通らないものはありません。と啖呵を切った。そこ
ですかさず殿様は、ならばこの刀を飲め。といってきました。一休さん
慌てずにーこほんこほんー咳をして、せきも関所も一旦止まりますと何
も通してはくれません。」今回も殿様の負けでした。

欲の中にもいろいろな欲がある。しかし、三代欲望というのがあるそう
だ。それは、性欲、食欲、睡眠欲であるということである。もちろんそ
れ以外にもいろいろな欲はある。この欲をどうやって処理するかという
ことに昔も今も悩んでいることは間違いない。事業欲があって、大きな
野望を抱き成功した人がいたとしよう!その彼(彼女)が次に到達すべ
き欲望という航海への旅路は、まだ手に入れていない精神的な欲望か、
新たなる物質的な欲望か、世界征服なのかも知れない。そして次々に新
手の欲望に襲われるようになる。

戦国時代末期に大和の国に筒井順昭という大名がいた。この時代は下克
上の時代で、他国を滅ぼすのを虎視眈々と狙っている大名がたくさんい
た時代である。筒井家もこの筒井順昭が死んでしまえば、幼い跡継ぎで
はいつ攻め滅ぼされるかも知れない。ということで、黙阿弥という盲目
の坊さんを連れてきて、筒井順昭亡き後に身代わりとして時間稼ぎをし
たのである。そして、見事国を守りぬき、役目が終わった黙阿弥は褒美
をもらってまた市井の盲目の坊さんとして帰っていったという話がある。
これが、「元の木阿弥」という諺の話なのだが、この真意は、物事を成
し遂げて成功しても、結局は黙阿弥という盲目の坊主の実体は何も変わ
っていないということを意味している。欲望というのは、結局ブラック
ホールなのかも知れない。達成しても本当の達成感がないのだ。

占い一言居士:
改名ということが人の生き方に影響を与えているのは、間違いないと思
う。人生は自分で開拓するものなのだが、自分が成功するという自信の
ない人が成功するはずがない。先ずは、自信を持てる自分にすることが
第一であり、その次に自分の内容を身につけることである。裏付けのな
い自信は砂上の楼閣と同じだからだ。名前の裏付けとして運命式があり、
能力の裏付けとして本人の内容がある。

 

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