●鑑定一言コラム


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■鑑定一言コラム集は、姓名鑑定をする立場の者の姿勢や姓名鑑定に対する基本的な考え方をストレートに述べています。


皆様方の何かの参考にしていただければと思います。

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●姓名判断・鑑定・一言コラム 命名 改名 相性 全般

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■一言コラム 改名編

◆最近プチ改名などというものが流行っているらしい。ちょっと アクセサリー的に名前を変えるのである。気に入らなければ すぐに捨てる。これは何の意味にもならない。どうして命名というのか?命を与える名前だからである。昔元服して改名をするとき、烏帽子親がついてその人間の行く末に責任を持ったものだ。プチ改名では、人生もプチになってしまう。


◆改名ということでは、芸能人に脱帽である。彼らは自分の人生をかけて芸名をつけるのであるから、それこそ命がけなのだ。だからこそ、その結果も早く出てくることになる。それでも、改名した名前と自分の一体感がなければ、運勢は発揮できない。


◆改名は奥が深い!なぜかというと、改名することで道を開く人もいるし、そうでない人もいる。その違いは何か?「改名した自分を好きになっているかどうか」それだけである。欲望に走れば道を誤ることになる。自分を好きになれば、自ずと道は付いてくる。


◆改名は、改名したい人の目的が明確でなければならない。何となく運勢を善くしたいではダメなのだ。自分をどんな人間にしたいのか、どんな将来を設計しようとしているのか、そういうことをはっきりとしないと、改名の効果は薄れてしまう。


◆改名はその人にとっては一大事に相違ない。それでも、そんなに大事に考えるのもおかしいのだ。何故かというと、自分の名前に対する責任は誰が持つものでもなく自分が持つものだからだ。だからこそ、自分の道を見つけ出すための改名は積極的になっていいはずだ。


◆改名という考え方は、画期的なことなのだ。何故かといえば、これまで自分という人間をどう造ればいいかということが人間にとっては、最大の課題だったからだ。人造りには”風土論”などもあるが、こうすればいいということをちゃんと答えを出すところは”改名”の素晴らしいところだ。


◆たかが改名されど改名!改名は人生を転換する大きなメソッドになる。それは、運命式の力を信じる人に現れる。改名によって現れる運命式は、新たなる可能性を改名した人に賦与するのだ。


◆襲名というのも一種の改名なのだ。ただ、伝統的な名前を相続するということなのだが、それはその人の人格や業績をそのまま自分のものにするというきわめて重い意味が隠されている。襲名という改名は、結局運命式を大きく転換することになるのだ。


◆命名や改名で一番嬉しいのは、喜びのお便りをメールでいただいたときである。人間というのは何かのきっかけさえあれば、自分を大きく変えることができるのだ。それが人間として生まれた特権なのだ。何故かというと、自己創造というパワーは人間だけが持つものだからだ。


◆「人はパンのみによって生きるにあらず」とは、バイブルに書かれている言葉だ。確かにその通りだろう!最初、人はパンを求めるが、最後に求めるのは「励ましや真実の言葉」だ。占いは人に「生きる心の糧」を与えているのだ。だからこそ、相性、命名、改名など占いは希望でなければならない。


◆改名することは、新しい自分を作り出すことと同じなのです。それは、自分という今の人間が出現するまで、様々な出来事があったように、改名も自分でいいドラマを作り出すことの始まりなのです。だから、改名は人生をもう一度生きることになるのです。


◆改名というのは、なかなか決断ができないものだ。特に社会で働く男の人にとってはそうだ。名前は自分の分身だからだ。そういう意味では昔の人はなかなかの宣伝マンだ。秀吉なんかは改名したことをしっかりと自分の利益にしてしまった。そこから新しい出発ができたのだ。改名は自己の再出発の時にこそふさわしいのだ。


◆名前には面白い作用があって、自分の名前を呼ばれると、妙に緊張してしまうのだ。反対に会話の中で幾度となく自分の名前が出てくると決して悪い気はしなくなる。相手に返って親近感を覚えてしまったりする。だから運勢的にみれば、相手からよく呼ばれる名前の方がいいのだ。でも、あまりに軽くみられても困る。改名するときは画数ばかりかその辺もしっかりと考えている。


◆人間というのは、果たして生まれ変わることができるのか?そんなことを考えるよりも現実は、出直したいと思っている人ははるかに多い。人は生まれ変わることは可能と考えた方がいい。人がこの世に誕生したプロセスは、父母の愛によって生命が宿り、母の胎と愛情を通して誕生したのである。だから再び愛を受けて、その心を育てるようにすれば、変わる道は出てくるのだ。 だから、改名とは生まれ変わるための道具なのである。


◆改名ということが切実な問題になっている!本当なのだ。自分という人間をうまく創れないということは現実にあるのだ。実際に改名をしてすぐに効果の現れる人もいる。そういう人は、自分という人間を限界まで見つめてきたのだろうから、新しい自分を創ることに懸命なのだ。何事もそういう出発の物語が必要なのだ。その辺が分かると人生は楽しくなる。


◆改名というのは、いつも未来に向かうものなのだ。昔中近東にロトという人がいた。塩の商いをしていた。しかし、その街が火山で灰になってしまったのだ。その街から逃げ出すときにロトの妻は後ろを振り向いたのだ。そして、塩の柱になってしまった。改名するというのは、過去は「塩の柱」ということなのだ。残されている道はどこまでも続く希望という未来。


◆改名はすべてを解決する手段ではない。他力本願の人が日本人には多いのだが、それではいつまでたっても自分を変えられないでいることになる。「人事を尽くして天命を待つ」という言葉がある。そういう背景があって、改名という手段が効果をもたらすのだ。自分と改名が「一心」になったところで己が開かれる。


◆命名や改名で、最も気をつけなければならない事は、自分を小さくしてしまうような数字を持ってしまう事です。そのことが自分造りの可能性を閉ざしてしまう事になりかねないのです。荒削りの大きな岩は、磨かれてほどよく個性を発揮するようになるから、運命式は個人がその魅力を発揮できるように道を造ります。それが、命名や改名なのです。


◆改名する事を考えるには、それなりの動機がある。実は自分の運勢と人生に結論を出しているからなのだ。今までの経験から自分の中に自分以上の何かが影響して自分の人生の舵がとれないでいるという事を実感したからに他ならない。そういう情念が新しい自分の創造への無意識のエネルギーになっているのだ。そういう情念の強い人ほど、実は改名がうまくいくのである。


◆動物は生まれた瞬間から、母子は親子の識別する方法を身につけてしまう。同じひよこや鶏にしか見えないのに、親子はしっかりと識別している。インプリンティングだ。しかし、人は名前ということばの特殊な方法で識別をする。だから改名をするということは、新しい自分自身を識別することであり、自分に対するインプリンティングなのである。


◆改名するとどうなるのか?もっと自分が変わるのではないか?みんな期待して”改名”を望む!それはいいことだ。しかし、功は焦っても得られないのだ。改名の効果が現れるのは、人によって個人差があるが普通は3年はかかるのだ。それほど、自分創りは大変なのだ。それでも、新しい自分を創ることができるのは希望だ。命懸命になれば、運命式があなたを導く。


◆改名したい人の気持ちは良く分かる。僕も改名(ペンネーム)しているからだ。親に付けてもらった大切な名前!長い間そう思っていた。ところがその名前がどうも自分にしっくり来ない。そんな違和感を持ち続けていた。後で気がついたことだが、自分の名前の故に激しい親子の対立が生じてしまったのだ。どうしてだろうと想い続けてきたことが、ペンネームを持ってから不思議に解決してしまった。


◆改名というのは、「新しく生まれる」ということだ。「新生して甦る」のだ。人が新しく生まれるにはもう一度お母さんの胎内に入って、それから誕生しなければならない。お腹の中にいるときから、誕生して成長するまでしっかりと自分を創らなければならないのだ。改名というのはもう一度そういうプロセスを通ることなのだ。改名のいいところはそういう環境を自分で設定できるところである。だから自己創造が可能なのだ。


◆命名も改名も名前をつけるという点では同じである。それに、出発点に立つという意味も同じである。違う点があるとすれば、命名はこれからの自己創造の手助けであり、改名は自己を再創造するという事なのだ。その点は大きな違いだ。改名というのは負の遺産を背負ってそれを越える自己創造だからより高い意識と努力がいる事は間違いない。だから、改名には自分の愛情がしっかりと注がれている。


◆日頃何の気なしに使っている名前、相手を呼ぶ時に使う名前、そんな名前の中にも意識するしないとに関わらず、命名された名前の持つ運勢の力は働いているのだ。人に多くよんでもらえる名前というのはそれだけ運勢を現すことができる。改名するときは人の意識の中にしっかりと残るような名前で、自分が好きになるような改名がいいのだ。そうすれば運は必ず味方をするようになる。


◆昭和43年在日韓国人の金嬉老事件がおこった。この事件を語るつもりはないが、彼はその人生の中で、多くの辛苦をなめてきたわけだが、その彼はあまりに多くの名前を持っていた。勝手に改名を何度もしたことで返って自分を見失ってしまうことになる。そして最後は金嬉老の運命式が彼の人生を狂わす原因となった。


◆人生を考えるときがどんな人にでも一度や二度はあるはずだ。そんな時に自分の可能性をチェックすると、新しい自分を試したくなるというものだ。改名を考えてみると、そういう自分の可能性をどうやって見いだそうかというときにちゃんとした根拠が欲しいのは当然のことだ。改名はそういう人造りのお手伝いをしているのだ。


◆人は思い出を胸に秘めて、自分の人生に様々な花を添えようとする。しかし、中には消してしまいたいような想い出もある。長い間培われてきた心の想念が自分の生き方を縛っているのだ。自分自身から解放されたい!そういう強烈な世界が心の何処かに潜んでいる。改名はそういう心の叫びに対する答えなのだ。


◆改名するというのは、誰しもよりよき自分を目指して新しい出発をしたいが為に、その道筋をつけるものなのだ。だからこそ改名はただ何となくでは意味がない。しっかりと過去の自分に見切りをつけて新たなる自分を見いだす為のアイテムでなければならないのだ。改名には新たなる自分の象徴が隠されているのだ。


◆改名するにもチャンスがある。一番いいチャンスは人生の節目を逃さないことなのだ。女性であれば結婚というときだ。男性であれば社会に出るとき、それから転勤などや転職の時である。そういう節目をしっかりと見極めて、改名すればそこから新しい道が見えてくるようになる。一番いいのは、自分が改名しなければと思ったときが、その節目の時になっているはずだ。


◆改名といのは、もう一度リセットして生き方をあらためると言うことでもある。「人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできない」とバイブルにあるが、改名というのは新しく生まれ変わり、新しい国を見るということに他ならない。だからこそ、改名には人生を変える力があるのです。


◆改名で自分を変えたいと思っている方は正解である。人は自分を変えよう変えようといくら努力しても、自分の持つ基本的な材料が貧弱であれば、強くなりたいと思ってもなりようがない。先ずは自分の中に可能性のある材料を造ってやることが先だ。そうすれば後は水や肥料をやる努力で芽が出るようになる。それが改名というものだ。


◆名を改める事を改名という。当たり前だが、名を改めるということには相当の理由や意味がある。そのことは動機の問題なのだが、改めた名前の持つ力、改名の力をどこまで知っているかの方が問題になる。改名した名前を通して自分に注がれる見えないパワーがあるのだ。そのことを計算した改名をしなければ改名の意味がない。


◆改名もそうだが、命名した名前を自分が好きにならなければ、その名前の持つ効果は半減してしまう。どうしてかというと、自分の名前を自分が拒否していては、たとえ優れた名前であっても、その名前の運命式を通して働く天のパワーが働けなくなってしまうからだ。だから、自分の名前を愛して好きになることは、そのまま自分の運勢を好転することへの近道となる。


◆何事にも時がある。命名するに時があり、改名するにも時がある。その時を逃してしまうと、後はどうしようもなくなる。何故かというと、その時に運勢をつくらなければ、その運勢を未来につなげていくことができないからだ。時を知る重要な手がかりは何かというと、それは自分の中の”想い”だ。沸々とわき起こる”想い”に素直に耳を傾ければよい。環境が時を教えてくれる。


◆改名をする人で、何か課題を抱えている人ほど、改名の効果は大きいように感じる。改名することで、大きく自分の世界が変わるから、人間関係や仕事での対応が今までのようでなくなっているのです。ですから、知らない間に相手の反応が変わってくるのです。でもそれで満足してはいけません。それは一過性のものですから!それは自分を確立する自己創造の出発点だからなのです。


◆改名することは、すごく勇気がいるのだが、改名して終わりではない。改名は自分の人生の出発点なのだ。だから自分の訓練はそこからはじまるのだ。自分を訓練することこそ、新しい自己の創造につながる。それは、誰も気にもしない小さな実績を積み重ねることだ。それが自分自身の細胞になっている。


◆改名というのは、自分自身を新しく生まれ変わらせることと同じような意味を持つ。人というのは、いつも同じではない。恒に何かを創造しているのだ。もし止まってしまっているならば、そこで終わってしまう。改名というのはそういう人間の努力の最高の表現に違いない。


◆改名で必要なことは、新しい自分に生まれ変わりたいという動機が大切になります。それは、何も過去が嫌いであったり、嫌なことが多かったから忘れたいという逃避の気持ちからでは何も生まれません。人にとって過去は決して消すことはできないからです。それよりも、過去を昇華してあまりある実績を人生の中でつくることです。改名というのはそういう出発のためにあるのです。


◆改名するにはそれなりのわけがある。だから、改名ということは簡単ではないというのは誰しも知っていることだろう。そこには名前の持つ力に人は知らずと恐れを抱いているからに違いない。だから改名をすすめる「天使の占い」はしっかりとした運命式的な根拠を示すのだ。しかし、どんなに素晴らしい名前でも使わなければその効果は半減してしまう。


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