だが、会社には、同じように家族を亡くした人たちがひっきりなしに訪ねてきた。石巻市では火葬場の稼働が追いつかないため、市民に土葬を求めているが、「火葬して骨にしてあげたい」という人は少なくなかった。
父がよく口にした言葉が浮かんだ。「私たちがあるのは、地域の人のおかげ」。趣味らしい趣味もなく、大みそかや元日も仕事をする人だった。頼まれれば深夜、1人で遺体を迎えに行くことも多かった。
「きっと父もそうするはず」。地震の5日後、営業を再開した。火葬場は秋田や山形など遠方で探さなくてはならない。霊きゅう車も大半が水没し、ガソリンの調達もままならないが、これまでなんとか50件以上の火葬場の予約を取り付け、約20件の火葬を執り行ったという。
(2011年4月4日 読売新聞)
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<太田かおりさんの運命式>
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太田かおりさんが悲しみを乗り越えて、魂を救おうとする姿勢は、強い主体性と想いがあるからです。太田かおりさんはそのリーダーシップは持っています。いつでもどこでも自分が何をしなければならないかを考えて行動します。それが形にして見せるという強さがあるのです。
今回の大震災で家族を失いながらも「魂を救う仕事」を再開したのは、自分にしかできないという強い想いを、太田かおりさんは持っているからだと思います。でも、それを後押ししているのは、被災にあわれた方の多くの魂かもしれません。